AIに支配されたい(6)

「人工知能の進化によって消える職業」という記事を時々見かけます。

確かに興味深い問題です。

 

人工知能とは関係なく、職業には流行りすたりがあります。

昔は人気アーチストのコンサート会場や野球場には、「あったら買うよ、要ったら売るよ」と声を張り上げていた人たちがいました。

今は見かけません。

仕事場が会場前ではなくネットの中になっただけなのかもしれませんが、リアルダフ屋という職業はなくなったと言っていいのではないでしょうか。

一方家電量販店やamazonの台頭によって存続が危ぶまれた「町の電気屋さん」がちゃんと生き残っていたりします。

 

将来の職業模様を想像するのは、それこそ人工知能ででもない限り難しいです。

 

「医師」という職業はどうでしょうか?

 

検査結果を分析するのは人工知能が得意とする分野です。

それに基づいた治療方針も、最近はそれぞれの病気について推奨される治療手順が確立されつつあります。

医師の力量の差によって不利益を被る人が出ないように、みんなで標準的な治療をおこないましょうという流れ。まさにコンピュータ向きの仕組みを、医師側が作ろうとしているわけです。

 

いやいや、検査自体はコンピュータの方が得意だとしても、問診の内容からどんな検査が必要か考えるのはコンピュータには無理さ!

 

私はそう強がっていました。

しかし天下無敵のディープラーニングです(意味はよく分かりませんが)。

必要な検査を導き出すこともやってしまうでしょう。

 

いやいや、診断はできてもデリケートな手術は無理さ!

 

私はそう強がっていました。

しかし器用さこそ機械の真骨頂です。

「細かな血管を傷つけることなく腫瘍を切除せよ」と命令されれば「神の手」と呼ばれるカリスマ医師よりも上手くやってくれる、そんな時代が間もなくやってきそうです。


AIに支配されたい(5)

昭和生まれからすると、コンピュータは直線的で四角四面の判断しかできない、という認識です。

ミレニアム・ファルコン号が小惑星帯に突入した時に、冷静に「通り抜けられる確率は3720分の1です」と言い放ったC-3POみたいな感じです。

 

一方我々「ヒト」は現実社会で、もっと複雑で柔軟な判断をこなし続けています。

たとえば、よく見かけるのがコンビニで若い女性店員を怒鳴りつけているおっさんです。

彼も、いつでも、どこでも、誰にでも、怒鳴り散らすわけではありません。

状況を見て、相手を見て、怒鳴ってもいいかどうかを瞬時に判断してから怒鳴っているわけです。

コンピュータにはこんな繊細な状況判断は絶対に無理、と思っていました。

 

ところが今やコンピュータが囲碁の世界チャンピオンに勝ってしまう時代です。

今のコンピュータなら間違いなくコンビニのおっさんよりも的確な判断を下すのではないでしょうか。

 

つまり「店員がおとなしそうな女性だからといって怒鳴ったりしない」という判断です。


AIに支配されたい(4)

話は変わるのですが、一年ほど前にテレビで「老人の運転免許問題」についての討論番組が放送されていました。

 

ある評論家は年寄りの免許更新を厳しくしろといい、ある評論家は車の運転をやめた老人は早く呆けるという。

免許返納者は公共交通機関を無料で利用できるようにしようと主張する人がいれば、公共交通機関などない田舎の人はどうするんだという人がいる。

運転能力の低下は個人差が大きいし、都会と田舎で交通事情も全然違います。

確実に言えるのは、東京のスタジオでお偉い評論家が首をひねっても絶対に解決しないだろうということです。

 

時間の無駄だなあと思って見ていると、一人の自動車評論家が「自動運転車の開発を急ぐしかない」と発言しました。

他の評論家は鼻で笑って完全にスルーしました。

司会者も詳しく掘り下げることなく、私もあまり意識に留めることなく、しばらくしてチャンネルを変えました。

 

ところがそれから一年。

老人の運転免許問題を法整備によって解決するよりも、自動運転車の実現の方が早いのではないかと思えてきました。


AIに支配されたい(3)

崇高な理念をもって引かれた線引きは簡単には変えられません。

そこで登場するのが政治家です。

 

恫喝、脅迫、パワハラ、あの手この手を使って線引き担当者を揺さぶります。

ごり押しの強烈な政治家が「力がある」「頼もしい」と評価される世界です。

役所も忖度上手ほど出世する伏魔殿です。

初めは抵抗していた担当者もいずれは譲歩して、直線だった線引きの線があっという間にぐねぐねの曲がりくねりに……、

 

というのが私の想像する「アウトレイジ〜お役所篇(あくまでもフィクション)」なのですが、今回の騒動は役所側からの反乱というのが興味深いところです。

がんがんリークされる文章や音声。

これまで政治家に服従するしかなかった役人たちが反撃に転じたということなのでしょう。

 

さらにヒートアップ間違いなしの仁義なき続編に期待します。


AIに支配されたい(2)

ものごとにはいろんな線引きがあって「6歳未満は医療費無料」とか「5年に一度更新」のような、はっきりとしたものもあれば、「公序良俗に反しないもの」とか「中学生らしい恰好」などの曖昧なものもあります。

 

そして「はっきりしたもの」と「はっきりしないもの」の間にも無数のレベルの「はっきりしない」度があって、それがたとえば「獣医学部新設の条件」だったり「高校生の髪の毛の色」だったりするわけです。

 

はっきりしないところに線を引くのです。

線引きを担当する係の人の気苦労は大変だと思います。

その分プライドも相当なものです。

 

ほとんど関係のない話ですが、昔、あるコンサートを企画した時に宝塚市教育委員会の名義後援を申請しました。

名義後援とは、補助金などの出ない、名前だけの「まっとうなコンサートですよ」というお墨付きです。

あってもなくてもいいのですが、これまでどの自治体でも申請を断られたことがないので、もらえるものはもらっておこうという軽い気持ちで申請しました。

 

申請書を提出してしばらくすると、コンサートのチラシを見せろとのお達しです。

申請が通るかどうかによってチラシの文面が変わるので、正式なチラシの印刷を発注する前です。

とりあえず「後援:宝塚市教育委員会」と書いた仮チラシを作って見てもらいました。

すると「許可も出していないのに勝手に名義を入れるとは何事か!」とお怒りです。

「印刷前の仮チラシなんですけど」という説明にも耳を傾けてくれません。

結局、宝塚市教育委員会の名義後援はもらえませんでした。

 

宝塚市教育委員会は立派なプライドを持った素晴らしい団体だなあと思った次第です。


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