(43)
第18回配本は第5巻、読むのは17冊目です。
十七冊を読んでふと思ったのですが、谷崎の、たとえば「細雪」や「春琴抄」を検索すればいくらでもヒットします。
学術的な研究書から「面白かった」程度の感想文まで。
あらすじも簡単なものからものすごく詳しいものまで、よりどりみどりです。
それに比べるとこの巻に収められている作品はなかなか見つかりません。
有名な長篇に比べて知名度の低い短篇のヒット数が少ないのは当然です。
しかし谷崎の場合、読めば分かる長篇に比べると、短篇は結構難解です。
解説文に頼りたくなることも多いし、あらすじ自体を教えてもらいたくなることさえあります。
ところが「谷崎潤一郎全小説全あらすじ」みたいなのがないんです。
で、思いました。
なければ自分で作ればいいのではないか、と。
一応約束ごとを決めてみました。
1)190字以上200字以内
2)結末まで書く
3)呼称は原文に従う
4)その他の表記は他の作品との統一を図る
5)原文に登場しない言葉を用いない
ですが、5)はいくらなんでも不可能です。
さっそく無視しています。
(2017年12月15日)
(44)
無謀なチャレンジ「谷崎潤一郎全小説全あらすじ」いよいよスタートです。
〇二人の稚児
比叡山で修行を続ける十四歳の少年瑠璃光には、浮世の誘惑に負けて山を下りた千手丸という兄弟子がいた。ある日、千手丸の手紙が届いた。浮世は地獄ではないとその手紙は告げていた。しかし瑠璃光は迷いを断ち切り、来世を信じて二十一日の行に身を投じた。満願の日、夢の老人の言葉に従い瑠璃光は吹雪の山に入り、傷ついた一羽の鳥を見つけた。それは来世の伴侶の仮の姿だった。瑠璃光は鳥を抱き、雪の中で死んでいく。
ふう。
これでも四苦八苦して作ったのですが、「二人の稚児」を読んだことのある人はきっとこう思うでしょう。
「こんな話じゃなかった」
そうなのです。
あらすじでは最初の50字にまとめるしかありませんでしたが、小説前半の面白さの中心は千手丸が担っているのです。
偉いお坊さんには浮世は魔境だと教え込まれている。
しかし自分が得た断片的な情報を総合してみると、どうやらそう悪いものではないらしい。
特に、悪の権化とされる「女性(にょしょう)」は、教えとは逆に、美しく心癒してくれるものらしい。
そうしてある日千手丸は山を下っていくのですが、そこに至る過程がとっても面白いのです。
一方原文ではおぼろげにほのめかされるだけのラスト。
あらすじでははっきり書かざるを得ませんでした。
原文を読んで感じた印象と、あらすじから受ける印象とは、我ながら全く別物です。
まあ、しかし、あらすじとはこういうものです。
……と、自分を納得させて作業を進めましょう。
(2017年12月18日)
(45)
〇人面疱疽
女優百合枝は不思議な噂を耳にする。「人面疽」という映画に自分が出演していると。女性に裏切られ自殺した男が彼女の膝に人面疽となって蘇り、復讐を果たすという映画だった。そんな映画に出演した覚えはなかった。調べていくうちにその映画が呪われた映画であることが分かってくる。観た者は怪異現象に襲われ、ある者は発狂したらしい。一方その頃、大手の映画会社がその映画を買取り、大々的に公開する計画を立てていた。
これはかなり怖かったです。
満員電車の中で読んだのですが、鳥肌が立ちました。
あらすじを読んで「リング」を思い出す方もおられるでしょう。
そう、あんな感じの怖さです。
やっぱりあらすじにまとめるのはすごく難しかったですが。
〇ハッサン・カンの妖術
余はある日図書館で一人の印度人と出会った。彼は事あるごとに印度的精神主義を否定した。それは父親への反発だった。彼の父は伝説の魔術師ハッサン・カンの弟子であり、その教えのせいで現実的幸福を否定し、彼の家族は崩壊したのだった。さらに彼は告白をする、自分もハッサン・カンの妖術が扱えると。彼は余を須弥山にいざなった。そこで余は鳩に姿を変えた母と出会った。余が善人になれば私は仏になれる、鳩は言った。
(2017年12月20日)
(46)
〇兄弟
兼家の姫君の悩みは父と叔父兼通が不仲であること。姫君は一家の望みどおり上皇の女御となったが、兄弟間の出世争いは続いた。人徳に厚い兼家が中納言になれば、陰謀に長けた兼通は関白となった。ついに兼家は左遷させられ、兄弟の争いにけりがついたかと思われたある日、兼通が病に倒れ立場は逆転する。上皇の女御の部屋では祝いの宴が催された。没落した兼通一族を笑う一同。そんな喧騒の中、女御は眠るように息を引き取った。
これもあらすじにまとめるのが難しい作品です。
夕占問ひ(ゆうけとい)、元方の悪霊、兼通の闘病、乳人の博識ぶりなどなどばっさり切り捨てての、このあらすじです。
〇前科者
己は前科者だ。そうしてしかも芸術家だ。己の絵を高く評価してくれるK男爵から金をせびっては自堕落な生活を続ける毎日だ。Kも最近では金を出し渋ることが多いが最後には財布を開いてくれる。しかし普段から己を憎んでいたKの家令のせいで己は詐欺罪で逮捕されてしまった。己は告白しよう、己はたしかに悪人だ。微塵も誠意のない人間だ。ただそのかわり、己の芸術だけは本物と思ってくれ。芸術こそが真実の己だと思ってくれ。
(2017年12月22日)
(47)
〇十五夜物語
浪人の友次郎は寺子屋を細々と営み、妹のお篠は針仕事でそれを支えた。友次郎には妻がいた。兄妹の亡き母の治療費の支払いのために吉原で三年の勤めを果たしていたのだった。年季が明けた。ようやく帰ってきた友次郎の妻お波は穢れた身体を呪い生きる力を失っていた。それを見て友次郎も自分を呪い始める。二人を支えようとするお篠、しかし母の命日も近い満月の夜、友次郎とお波は命を絶った。一人残されたお篠は泣き叫ぶ。
〇或る男の半日
間宮は小説家、金遣いは荒く執筆ははかどらず、借金取りと編集者の督促と妻の小言に追われる日々だった。今日も編集者が来ている。二人の会話はすぐ雑談となり、最後はハワイ移住の話になる。次に来たのは建具屋。障子の入れ替えのはずが、施工費がどんどん膨れ上がる。次に文学生が現れる。間宮は自慢話かたがた洋服屋の紹介を頼んでしまう。客は帰った。妻の小言に、家賃の安い郊外へ引っ越す案で答える間宮。またもや妻の小言。
(2017年12月25日)
(48)
〇 仮装会の後
三人の紳士が社交倶楽部で昨日の仮装会を振り返っていた。三人とも意中の未亡人に逃げられてしまったのだった。未亡人を射止めたのは醜悪な青鬼だった。一人が青鬼の姿を思い出し、クラブの給仕がその正体ではないかと言い出す。三人が給仕を呼び出し問いただすと給仕はあっさりと認めた。どうしてお前のような醜い男が、という問いに給仕は答えた。女は人よりも悪魔を好くことがある。醜男だけが悪魔の美を持っているのだ、と。
これでも第5巻に収められている小説のまだまだ半分です。
「谷崎潤一郎全小説全あらすじ」なんて可能なんでしょうか?
(2017年12月27日)
(49)
〇金と銀
大川は画家仲間の青木に、その芸術への畏敬のために金を貸し続けていた。自分の使っているモデルを斡旋してやり、期せずして二人は同じモデルで同じモチーフの絵を描くこととなった。ある日青木の絵を見てしまった大川の中で、畏敬は殺意へと変わった。大川は完全犯罪の計画を練り青木殺害を企む。犯行は失敗に終わったが、青木は白痴となり作品も失われた。大川の絵「マアタンギイの閨」は完成した。大川はついに青木を凌駕した。
同じ巻に収録されている「前科者」と同じような書き出しで、途中まで同じような展開で進みます。
またか、と思っていると、いつの間にか大川が主人公になり、まるで本格ミステリのように綿密な完全計画が語られて、どんどん話がとんでもない方向に向かって反れていきます。
ですからこれもあらすじにするのが非常に難しいです。
あらすじでは「前科者」的部分と「ミステリ」的部分を完全にカットするしかありませんから。
新年早々弱音を吐きますが、「谷崎潤一郎全小説全あらすじ」、とんでもなく馬鹿なことを思いついてしまったものです。
(2018年1月10日)
(50)
〇白昼鬼語
園村が愛した纓子は殺人鬼だった。彼女に殺されることを予期した園村は私にその現場を盗み見するよう遺言する。私は友の死を目撃した。しかし園村は生きていた。自分を殺してくれという願いが断られたため、私の前で死を演ずることで欲求を満たしたのだった。纓子は殺人鬼ではなかった。園村を篭絡するために猟奇趣味を利用しただけだった。殺人はなかった。あったのは、纓子に騙された園村に私が騙された、つまり二重の狂言。
纓子は「えいこ」です。
谷崎の猟奇趣味とミステリ趣味が上手く組み合わさった一篇です。
しかしあらすじになると、園村が開陳する推理のプロセスを全面的にカットせざるをえません。
それから200字ではどんでん返しも表現できません。
いきなり言い訳ばっかりですねー。
(2018年1月12日)
(51)
〇種 Dialogue
小説家の友人「小説の種になりそうな話をいくつか知っているけれど聞きたいかい?」小説家「その手の話が面白かったためしはないけれど、聞くだけなら聞いてもいいよ」友人「三人の男を手玉に取った貴婦人の話とか、心中した芸者の意外な書置きの話とか、泥棒が老婆の顔にびっくりする話とか」小説家「ダイヤローグという体裁で、『種』という題名でよければ書いてみるよ」友人「小説にはならないのか、ガッカリだ」
〇既婚者と離婚者
結婚してすぐ結婚の無意味さを悟ってしまった僕は計画を練った。まず妻を教育した。男女同権を教えて、時間と金の自由を与え、女性が自立する小説を片っ端から読ませた。すると妻は生まれ変わったように軽佻で浮気な女になったよ。そこで僕は離婚を切り出したんだ。妻は騙されたと気づいたようだったけれど、ここで泣いては新しい女の沽券に関わると思ったのだろうね。あっさり認めてくれた。きっと女優にでもなるんだろうさ。
(2018年1月15日)
(52)
〇小僧の夢
商店の小僧の己は奉公を続けながら芸術への思いを抑えられないでいた。タンホイゼルに聞き惚れ、モオパッサンを読みふけった。ある時己は浅草で「露国美人メリー嬢の魔術」を見た。それは催眠術の見世物だった。舞台に上げられた己はメリー嬢の魅力の前に、術にかかったふりをするしかなかった。観客の笑いものになるのは屈辱だったが愉悦でもあった。巡業は終わった。しかし己はメリー嬢の魔術からいつまでも覚めなかった。
これもあらすじを作るに当たって、前半の「若き日の芸術観」をばっさりカットするしかありませんでした。
しかし何はともあれ、これでようやく一冊分です。
「谷崎潤一郎全小説全あらすじ」はバルザック「人間喜劇」読破よりも険しい道のりと思われます。
救いは、ほとんどが退屈だったバルザックに比べると谷崎の場合はほとんどが面白いところです。
これからもぼやきながらの作業になると思われますが根気よくお付き合いください。
(2018年1月17日)