「罪と罰」を読む〜第6部第6章(第3巻346〜375ページ)
(171)
スヴィドリガイロフが料理屋でラスコーリニコフと会ったのは四時半です。
その時に彼は「一時間ぐらいお相手できそうですよ」と言っています(274ページ)。
それから25ページ後、「こりゃたいへん! もう十分しかない」という台詞があって、さらに18ページしゃべってから二人の会話はお開きとなります。
そのあとスヴィドリガイロフはドゥーニャと会います。
切りのいい時間に約束したとすれば、待ち合わせの時間は午後六時だったのでしょう。
ですが、六時に間に合ったとはとても思えません。
それからスヴィドリガイロフはドゥーニャを自室に連れ込んで、いろいろありました(!)。
この章の始まりは八時頃ではないかと思われます。
まず彼は、あちこちの安酒屋やいかがわしい魔窟をうろつきまわりました。
面識のない二人組と遊園地に行ったりもしました。
そこにある酒場で喧嘩に巻きこまれたりもしました。
やがて彼は遊園地をあとにします。
ちょうど激しい雷雨となりました。
夜十時のことです。
(2017年10月30日)
(172)
スヴィドリガイロフは土砂降りの中、家に戻ります。
そこであり金すべてをかき集めて部屋を出ます。
行き先は隣のソーニャの部屋です。
彼はソーニャに三千ルーブル分の債権を無理矢理押しつけると、再び雨の中に飛び出していきます。
十時二十分。
彼が訪れたのは婚約者の家でした。
婚約者は、ラスコーリニコフを煙に巻くためにでっち上げた出まかせかと思ったら、実在していたようです。
婚約者の両親に大金を託し、幼い婚約者にキスをして、彼はまたまた飛び出していきます。
十二時ちょうど。
スヴィドリガイロフはネヴァ川沿いをあてもなく歩いています。
雨はやんでいます。
しばらく立ち止まって川の水面を見つめます。
三十分ほど歩いて、そこにあったアドリアノーポリ・ホテルに入ります。
不潔で粗末な部屋です。
壁板の隙間から隣の部屋が覗けたりします。
注文したお茶と料理が届きますが悪寒に襲われたスヴィドリガイロフは手をつけることができません。
彼は高熱に襲われ昏迷状態に陥ります。
(2017年11月1日)
(173)
そこで彼は夢を見ます。
私は「罪と罰」のクライマックスはこの章だと思っています。
特に365ページから371ページにかけての夢の場面はすさまじいです。
ドストエフスキーの小説では時に登場人物が熱にうなされて夢を見ます。
第1巻132ページでラスコーリニコフが見た夢も壮絶でした。
「カラマーゾフ」でも終盤、イワンが狂気に満ちた夢を見ます。
夢のシーンこそドストエフスキーがもっとも真価を発揮する場面と言えるかもしれません。
しかしこの場面でスヴィドリガイロフが見た夢は、あらゆる夢のシーンの中で、つまりドストエフスキーが書いたあらゆるシーンの中でももっとも激しく、もっとも暗く、もっとも絶望的です。
五時前。
夢から覚めた彼は、部屋を出ました。
そして……、この章は終わります。
(2017年11月6日)
(174)
読んでいてしっくりこないところが一つあります。
かつてスヴィドリガイロフに凌辱された少女は、首を吊って自殺しました。
しかし夢に出てくる少女は川に身を投げて命を絶ちました。
強引に説明できなくもありません。
少女の死因について語られたのは第2巻256ページです。
「ある日、屋根裏部屋で、その娘が首を吊って死んでいるのが発見されました」
これはルージンの言葉です。
その次のページではフィーリカの自殺についても語られています。
おそらくルージンの中で、少女とフィーリカの自殺がごっちゃになったのでしょう。
とすると第3巻298ページで語られる「冬のさなか、水に身を投げた」というレースリフの娘が、当該の少女ということになります。
……と、ルージンの勘違いのせいにすることも可能ですが、本当はドストエフスキーの初期設定ミスでしょう。
土砂降りの雨、黒い川面……と来れば、その延長線上にあるのは、ぐっしょり濡れた少女のむくろの方がふさわしいです。
第5部と第6部の間のインターバルで、ドストエフスキーも最終調整を図ったものと思われます。
(2017年11月8日)