「罪と罰」を読む(第3部第6章)

第3部第6章(第2巻182〜207ページ)

(67)

この章は三つの部分からなります。
まず、ポルフィーリーの家を出た直後のラスコーリニコフとラズミーヒンの会話です。

例によって、饒舌だけれども何を言っているかよく分からない、二人のやり取りです。
ラズミーヒンは「おれは信じない」と繰り返しています。
何を信じないと言っているのでしょうか。
その4行先に「あの件について、ふたりがはじめてはっきり話しあったというそのことだけで、彼の頭は混乱しきり、興奮していたのだ」とあります。
「あの件」とは何でしょう?
はっきり話しあったのに混乱するとはどういうことでしょう?

 

(2012年2月13日)

(68)

ごく普通に考えれば、あの件とは老婆殺しとその犯人についての話ですが、読み進めていくとどうやら違うようです。
ラズミーヒンは「(ラスコーリニコフは)疑りぶかいやつだ」と続けます。
そして「ポルフィーリーの調子がかなり変だったのことは認めるよ」と言います。
つまりこの時点では、ラスコーリニコフの疑心暗鬼のせいでポルフィーリーが疑っているように見えたのだろう、と言っているわけです。
とするとラズミーヒンが冒頭で叫んだのは「ポルフィーリーが君を疑っているなんて信じない」ということになります。
そこから推理するに、その直前、5章と6章の間で二人の間で交わされた会話はこんな感じではないでしょうか。

「あいつ、おれを疑って汚い罠をしかけてきやがった」
「疑うって、どうして? 何を根拠に?」
「根拠なんてないさ」
「そりゃそうだ、君は犯人じゃないんだから根拠なんてあるわけない」
「それでもやつは俺を疑っている」
「君を疑うなんて……おれは信じない! 信じられるもんか!」

しかしこれでは「あの件についてはっきり話しあった」とは言えません。
それにどうしてラズミーヒンが混乱したかが分かりません。
これならどうでしょうか。

「あいつ、おれを疑って汚い罠をしかけてきやがった」
「疑うって、どうして? 何を根拠に?」
「根拠なんてないさ」
「そりゃそうだ、君は犯人じゃないんだから。そうだろ? 根拠なんてあるわけないよな。おい、そうなんだろ? 君は犯人じゃないんだろ? 根拠なんてありえないよな?」
「あいつは俺を疑っている」
「……ポルフィーリーのやつがそんなことするなんて信じない」

我ながら強引です。
「はっきり話した」と「混乱する」の間に整合感を持たせるのはかなり難しいです。

どんどん解釈が難しくなってくる二人の会話なのでした。

 

(2012年2月15日) 

(69)

第6章で描かれる次の場面は189ページから、ラスコーリニコフが見知らぬ町人に「人殺し」と呼ばれるシーンです。
これをきっかけに彼が長い悪夢にさいなまれる、重要な場面です。

ネタバレになりますが、町人がどうしてラスコーリニコフに「人殺し」と言ったかについては398ページから本人の口から説明されます。
「腹が立ったんです。あの晩、あなたがおいでになり、きっと酔っておられたのでしょうが、庭番に警察に行こうとおっしゃったり、血のことをおたずねになったりしたのに、みんなそれをほったらかし、たんに酔っぱらいあつかいしているので、がぜん腹が立ってきまして」
町人が腹を立てた場面とは第1巻の410ページです。

さて第1巻410〜414、第2巻190〜194、398〜404と続けて読み直してみましょう。
どうでしょう、町人が腹を立てた理由が分かるでしょうか?
少なくとも私にはよく分かりませんでした。

前回取り上げた「あの件」については、私はドストエフスキーの筆が滑ったのだと考えています。
しかし町人のくだりは、同じ描写が二回繰り返されていますから確信をもって書かれたのは間違いありません。
それにも関わらず町人の心境が伝わってこない。

この章のドストエフスキーは何だか少し変です。

 

(2012年2月17日)

(70)

すっきりしない気分のまま第6章の3つ目の部分に入ります。

見知らぬ町人に「人殺し」と呼ばれたラスコーリニコフがショックで寝込んでしまう場面です。
ここからのラスコーリニコフの心理の流れも一筋縄ではいきません。
迷妄状態ですから正常の思考経路がたどれるわけがないのですが、不条理な描写でもドストエフスキーの腕前は冴え渡ります。

中でも面白いのは200ページ最後からの文章です。

「そう、あいつら、もう大嫌いだ、この体が嫌うんだ、そばに寄られるのも耐えられない……さっき、母さんに近づいてキスしたな、覚えてるぞ……抱きしめて、あのことを母さんが知ったらなんて考えるのは……なら、いっそのこと言ってしまおうか?
おれならやりかねんぞ……ふむ! あの人はおれとそっくりでなくちゃならない」

分かりにくい文章ですが平たく書き直すとこんな感じでしょうか。

自分が殺人犯であることを告げたら母親はどう思うだろう?
彼女のそばに寄るとついついそんなことを考えてしまうので近づきたくないんだ。
でもいっそのこと言ってしまったら?
何かのはずみで言ってしまいそうな自分がいるのが自分でも怖い。
しかし落ち着け、やっぱりだめだ。俺の告白を受け止める人は俺と同じような人でないとだめだ。

最初は母親のことを考えていたのに、あとの方で彼の頭の中に浮かんでくるのは「おれとそっくり」な人のことです。
そして次の段落でラスコーリニコフが思い浮かべるのはリザヴェータとソーニャ。

この思考の展開は見事です。
そう考えると、この章の前半はこの部分を書きたいがために書き飛ばされたのかも、などと思ってしまいます。
そう感じさせるほどの緻密で迫力のある心理描写だと思うのです。

 

(2012年2月20日)

(71)

それにしても驚かされます。
ドストエフスキーのテクニックがうなりを上げる、このすさまじい悪夢の描写も、実は、ある人物の登場を飾る舞台装置にすぎないのです。
思えばマルメラードフの登場もソーニャの登場も、ドストエフスキー渾身の表現力で描かれました。
しかしスヴィドリガイロフはその二人を上回る強烈な印象をともなって舞台に上がってくるのです。

さあ、この謎の人物は一体何者なのでしょうか。
物語はいよいよ後半に突入します。

 

(2012年2月22日) 

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