健康ディクショナリー2008年(2)

不思議に思っている人は多いのではないでしょうか。
タバコを吸って肺がんになる人もいれば、100歳まで生きる人もいる。
タバコのせいで顔が吹き出物だらけになる人もいれば、いつまでも美肌の人もいる。
タバコのせいですぐ息が切れる人もいれば、タバコを吸うプロスポーツ選手もいる。
この違いは何なのでしょう。

細胞にあるレセプターの有無がその正体です。
血管にタバコに反応するレセプターがあると血管が詰まりやすくなるし、肺にレセプターがあると気管支が狭まります。
しかし現在、自分にそのレセプターがあるかどうかを診断する方法はありません。
そこで簡単に判断する方法を考えました。

1)駅の階段で息が切れる

2)平らなテーブルの上に10円玉が立てられない

3)灰皿に火のついたタバコがあるのにもう1本に火をつけてしまうことがある

これらの条件が1点でも当てはまる人は即座にタバコをやめましょう。

 

(2008年6月11日)

1)は肺への影響です。
「肺癌になるのはどうせ1,000人に1人なんだからタバコを吸ってリスクが多少上がっても関係ない」などと言う人がいます。
タバコの肺癌への影響を強調しすぎるのは統計を都合よく利用したインチキだ! とまで主張する人もいます。
騙されてはいけません、どちらがインチキでしょうか。
1,000人に1人というのは1年間の発生率です。
生涯を通した発生率ではありません。
現実には全死亡者の6%の人が肺癌で亡くなっています。
そしてそのリスクが喫煙者は非喫煙者の2〜5倍なのです。
私には「多少リスクが上がっても関係ない」どころではない値のように思えるのですが、いかがでしょうか。
それはともかくよく誤解されていますが、タバコが肺に与える影響で深刻なのは肺癌だけではありません。
むしろ肺癌以上に怖いのが「慢性閉塞性肺疾患」です。

 

(2008年6月13日)

「どうしてタバコを止めさせてくれなかったんだ」

これはある患者さんが死の床で言い残した言葉です。
肺気腫で受診されていて、その都度禁煙するように言っていたのですが「自分の人生は自分で決める」と全く聞き入れてもらえませんでした。
その人が最期に私と家族の方たちにこう言い残して死んで行きました。
肺気腫や気管支喘息などを総称して「慢性閉塞性肺疾患」と呼びます。
単純に言うと息ができなくなる病気です。
日本人の死亡原因の第10位。
しかし死亡診断書上「肺炎」と分類されることも多いので実際の死亡原因としては肺癌より多いかもしれません。
階段を駆け上がって息が切れるのは日常的に経験することです。
立ち上がるのにも息が切れるとしたらどうでしょう。
さらには息が苦しくて寝返りも打てなくなるのです。
喫煙者の15〜20%がこの病気になると言われています。
駅の階段程度で息が切れる人はその15〜20%に入っています。
すぐ禁煙しましょう。

 

(2008年6月16日)

2)は血管への影響です。
タバコは全身の血管を蝕みます。
しかし心臓や脳の血管は何の徴候もなく詰まります。
詰まって初めて血管が狭まっていたことが分かるのです。
自分の血管が細くなっているかどうか簡単に調べる方法はないでしょうか?
あります。
指先の震えです。
静かに指先を見てみましょう。
細かく震えていませんか?
その震えは特に細かい作業をしようとするとひどくなりませんか? 
そういう人は指先の血管が細くなってしまっています。
そしてそういう人は指先だけではなくもっと大切な内臓の血管も細くなっています。
10円玉が立てられない人もすぐ禁煙しましょう。

 

(2008年6月18日)

3)については前の二つとは少し意味合いが変わります。
「依存」という問題です。
タバコには脳の快楽物質を放出させる働きがあります。
しかしその程度はわずかです。
大仕事のあとの一服が美味しいのは確かですが、美味しいのは最初の一服だけではないでしょうか。
あとは惰性や口寂しさや「何となく」で吸っているわけです。
よく「タバコを吸うと頭がすっきりする」とか「タバコを吸うとコミュニケーション能力が上がる」という言い方をする人がいます。
本来はこうです。
「タバコを吸わないと頭がすっきりしない」、「タバコを吸わないとコミュニケーションが取れない」
理由を自分で捻じ曲げているのです。
行動パターンだけではなく思考パターンまで捻じ曲げてしまう、これが「依存」です。
人はいったん何かに依存してしまうとまともな思考経路をたどれなくなります。
おそらくあなたは自分が喫煙することに対して何らかの正当な言い訳を考えていることでしょう。
ところがそれは「依存」によって捻じ曲げられた、人から見るととんでもなく奇矯な理屈だったりします。
自分の考えを正常化させるためにはまず依存を断ち切る必要があります。
まず1週間ほど断煙して、それから冷静にタバコの意味を考えてみてはいかがでしょうか。

 

(2008年6月19日)

先日かなり辛らつな記事を見ました。
タバコ税をアップするべきではないとする根拠がいくつか並べてあるのですが、どれも素っ頓狂な理屈で笑えるのです。
表向きは増税に反対する文章ですが、実は増税反対派を徹底的にコケにした強烈に皮肉な評論だと思いました。

根拠の一つ目は「タバコを値上げしても東南アジアからの密輸品が増えるだけで無意味」というものです。
EUの中にもタバコが安い国があります。
だからといってイギリスの1,000円体制は崩壊していません。
増税反対派はヨーロッパの現状も知らないんだろう、というずいぶん過激な挑発です。

二つ目は「値上がりするとタバコ生産量が減って生産者や経済に悪影響を与える」というものです。
見事です、つまり生産者がいるから作り続けるべきだ、という理屈です。
「必要かどうかは問題じゃない、建築会社があるから道路を造るんだ」、道路族議員もこう大声で言えたらさぞや気持ちがいいと思います。

三つ目は笑えるというより背筋が寒くなります。
「喫煙者は早死にするからむしろ医療費抑制に役立っている」すごいですね。
「金で買えない物はない」と言い放ったIT長者でも思いつかないような冷酷な言葉です。
実際は喫煙者は早死にはしても罹病期間が長いので必ずしも医療費の節約にはなっていないのですが、まるで自爆テロのような論理です。

これを言ったのは経済評論家の森永卓郎氏です。
風貌とは裏腹にシニカルでブラックでシャープな思考回路の持ち主のようです。

 

(2008年6月30日)

と、思ったら、その後彼は増税反対派であることが分かりました。
彼はあの文章を大真面目に書いた可能性があります。
あんなおバカな理屈を本気で主張する人がこの世に存在するとは、私には全く想像できませんでした。
勉強不足でした、深く反省します。

 

(2008年7月2日)

顔の吹き出物で困っている若い女性の患者さんがよく来られます。
もしタバコを吸っている場合には禁煙するように言います。中には「タバコはやめられない」という患者さんもいます。
そういう時これまで私は「タバコを止めなければ何をしても治らない」と説明して薬は出しませんでした。
しかし最近考えるのです。
当院で薬を出さなければその患者さんは高価でしかも効果のない健康商品に頼る可能性が高い。
つまり健康的にも経済的にも蝕まれ続けるわけです。
「喫煙を続ける限りはそれ以外の治療は一切無駄」という正論を押し通すのが患者さんにとって正しいのかどうか、最近疑問に思うようになってきました。
禁煙者と同じ薬を出しておいて通院のたびに禁煙を啓蒙するべきかもしれません、しかし効果が期待できない薬を出すのは医師としてすっきりしない。
頭の痛い問題です。

 

(2008年7月18日)

数日前、新聞に「ピロリ菌を除菌したら胃癌が減る」と大きく載っていました。
紹介されていたのは「早期癌を治療したあとに除菌療法を加えると胃癌の再発率が下がった」という研究結果でした。
つまりこの場合はピロリ菌が早期癌の原因であった可能性が高く、そういう特別なタイプのピロリ菌を除菌すれば当然胃癌の発生率は下がります。
ピロリ菌の全てが胃癌を起こし、ピロリ菌ならとにかく除菌すべき、という結論ではありません。
ところが新聞は往々にしてこういうセンセーショナルな取り上げ方をするのです。
以前もマスコミが、採血用の真空管シリンジのホルダーを医療機関が使い回ししていた、と大々的に報じたことがありました。
真空管シリンジそのものを使い回ししていたわけではありません。
ホルダーとはシリンジを固定する単なる器具です。
採血台や駆血帯と同じようなものです。
そこに血液が付着することはないし、万が一付着してもその血液が再度別の患者の身体に入っていくことはありえません。
しかしこうしてセンセーショナルに扱われると、もう医療機関としてはその器具は使えないのです。
感染の危険性が0であっても、その一方で患者さんに不安感を与えないというのも医療機関の使命ですから。
本当は白であってもマスコミが黒と言えば黒、困ったものです。

 

(2008年8月1日)

で、困っているのはマスコミの横暴に対してだけではありません。
今回の件で一番問題なのは「針刺し事故」です。
患者さんから採血した血液を検査用のシリンジに移す時に、どうしてもある確率で「針刺し事故」が発生します。
真空管シリンジはこの「針刺し事故」の可能性を限りなく0に近づけるために開発された器具です。
これがマスコミのいい加減な報道によって使えなくなったわけです。
誤った報道によって真空管シリンジホルダーが使えなくなり、その結果医療従事者が肝炎に感染する危険性が高くなる。
これは注射針の使いまわしと同等の犯罪行為のような気がします。

 

(2008年8月4日)

先日は大型ショッピングモールで献血の仕事をしていました。
献血バスのすぐ横が喫煙コーナーでした。
見ていると子ども連れのお母さんたちが次々とやってきてはタバコを吸います。
超大型ショッピングモールなのでものすごい数の買い物客が来店しています。
喫煙ママは全体の中ではほんのごく一部だと信じていますが、それでも「子どもの前でタバコを吸うのは一種の虐待である」と思っている私にとっては心穏やかでない一日でした。

 

(2008年8月6日)

コレステロールや血糖値が高い人の生活指導をしながらふと思うことがあります。
まず生活習慣を改善して、それでも検査結果がよくなければ薬を飲む、というのが標準的な治療法です。
しかしこの生活習慣の改善というのがなかなか難しいわけです。
食事を厳しく制限する一方で運動もしなくてはならない……、仕事がハードで不規則な人にはとても無理です。
生活習慣を改善しなくてはならないというプレッシャーだけが高じて、いつまでも検査結果はよくなりません。
それならいっそのこと、逆に考えてはどうでしょうか。
薬を飲む、その代わり生活習慣は今のまま。
好きなものを好きなだけ食べるために薬を飲む。
医学常識に照らすとあまり大きな声では言えないのですが、ストレスにさらされた現代人にはこういう柔軟な考え方も必要かもしれません。

 

(2008年9月8日)

薬を飲み始めるにあたって一番多い質問は「このまま一生飲み続けないといけないのか?」というものです。
人間には自分の身体を健康な状態に戻そうとする能力が備わっています。
血圧が高い人の身体は血圧を下げようという努力をしています。
ところが身体の持ち主である私たちは塩分を取りすぎたりタバコを吸ったりしてその働きを邪魔しているわけです。
そのうちに身体は無駄だと思い込んで努力を諦めてしまいます。
その状態になってから薬を始めると確かに一生薬を飲み続けなくてはならないかもしれません。
ところがその前の段階で薬を始めると身体を休ませることができます。
十分身体を休ませてから薬をやめると今度は身体はちゃんと血圧をコントロールできるのです。
血圧を下げる薬は実は血圧を下げるためにあるのではありません。
血圧をコントロールする潜在能力を回復させるためにあるのです。
薬をきっちり飲んで自分のバランス復元能力をよみがえらせてやりましょう。

 

(2008年9月10日)

回復力をよみがえらせるために薬を飲むという考え方は便秘にも当てはまります。
便秘薬を正しく使って適当な排便のリズムを作ってやれば薬が効かなくなることはありません。
普段は効果の不確かな健康食品でごまかして、いよいよお腹が張って苦しくなってから便秘薬に頼る、そういうやり方は腸を酷使します。
それでは以前効いていた薬が段々効かなくなってきます。
薬を正しく使うのが薬の量を増やさないこつです。

 

(2008年9月12日)

いつも感心させられます。実に上手いところを狙ってくるものです。
バナナダイエットです。
それほど好きではないけれど、食べろと言われれば毎日でも食べられるかもしれない。
ダイエット効果が一見なさそうで、実はありそう(で、本当はやっぱりない)。
いつもスーパーに並んでいてしかも安そう。
寒天とか納豆とか、誰が選んでいるのか知りませんが本当に対象の選び方が巧みだと思います。
次は何が来るのでしょう? 
効果があるようなないような、ちょっと意外な食品ということで、スルメとか牛ホルモンとかが狙い目かもしれません(くどいですがどちらもダイエット効果はありません)。

 

(2008年10月8日)

お米の代わりにバナナや納豆を食べると摂取カロリーが減って体重も減少するかもしれません。
しかし普段の食事に加えて何かを食べて、それで痩せることはありえません。
ところで近道のないダイエットですが回り道や寄り道はあります。
意味のない努力、あるいは勘違いした努力、です。
多くの人ががっかりするのであまり大きな声では言わないのですが、有酸素運動では人は痩せません。
人間の身体はとても効率よくできているので信じられないくらいに燃費がいいのです。
ガソリンに換算するとリッター180キロ程度でしょうか。
ご飯一杯分のカロリーを消費するためには40分以上走る必要があります。
週1、2回なら可能ですが、これを毎日続けるのは現代人には不可能です。
毎日のジョギングを続けている人は本当に素晴らしいと思います。
そのとてつもない精神力は無条件で賞賛に値します。
しかしこれを患者に勧めるのは医師として無責任すぎます。
ダイエットのためには摂取カロリーを減らすしかありません。
しかしカロリーを減らすと脂肪と同時に筋肉も落ちてしまいます。
ダイエット中の運動はそれを防ぐために筋肉トレーニング主体にするのが合理的です。
有酸素運動は加齢にともなう心肺能力の低下を防ぐため、と割り切った方がいいでしょう。

 

(2008年10月10日)

健康ディクショナリー2008年(1)たらい回しを防ぐ方法<main>健康ディクショナリー2008年(3)ワクチンが必要な人


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