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「罪と罰」を読む(第6部第8章)

(188)

 

続く部分は全編のクライマックスなのでごちゃごちゃ言わずに読んでもらうしかありません。

 

でも、ごちゃごちゃ言います。

 

まず戸惑うのはラスコーリニコフの優柔不断さです。

せっかく十字路で大地に口づけしたのに、結局「わたしは人殺しです」とは言えませんでした。

そのあとせっかく警察署に行きましたが、火薬中尉と世間話だけしていったんは帰ってしまいそうになりました。

前回も書いたようにラスコーリニコフは当社比75%程度の決意力で自首したのでした。

 

最後の最後くらいすっきり感動させてくれよ、と思わず言いたくなります。

 

ところでこのあたりは「意識の流れ」という手法で書かれています。

スヴィドリガイロフの最後の場面もそうでした。

「意識の流れ」で描かれるスヴィドリガイロフの最期。

その時点で「罪と罰」の主役をラスコーリニコフから奪い取っていたスヴィドリガイロフが、ラスコーリニコフとの存在感の違いを決定づけたかと思われた場面でした。

ところが最後の最後でドストエフスキーはやってくれました。

ラスコーリニコフはちゃんと主役を奪い返してみせました。

ドストエフスキーの筆は冴えに冴えます。

 

何度読んでも、いや、読めば読むほど痛切で哀れでもどかしく、感動的です。

 

ですが、このすさまじい文章力であれば、ラスコーリニコフが普通に「人殺しです」と叫んで、普通に自首しても、私たちに感動を与えてくれたのではないかと思うのです。

 

私たちは知っておくべきです。

ドストエフスキーがここで手放しの感動噺を提供するつもりではなかったということを。


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