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神戸元町ダイアリー2016年(4)

行き過ぎたきれい好きが健康を害する……?

先日テレビの健康バラエティを見ていたら、ある俳優が「行き過ぎたきれい好きが子どものアトピーを増やしている」と言っていました。

その場には医師もいました。
しかしテレビ慣れした医師でもこういう場で素人さんの意見に口を挟むのはなかなか難しいです。
私も同じような状況に何度も直面したことがあります。
親戚の集まりだったり、趣味の集まりだったり。
たいていの場合、場の雰囲気を乱すのはいかがなものかと躊躇している間に、次の話題に移っています。
その番組でもその俳優の言葉はスルーされてしまいました。

「行き過ぎた」がどの水準を差しているのかは不明ですが、その俳優に訊ねたいところです。
あなたの理想とするきれい好き加減は、たとえばアフリカの最貧困国の衛生度レベルなのか、それとも50年前の日本程度なのか、はたまた30年前の日本程度なのか。
日本がここまで清潔になったのは虫嫌いの女子高生のためではありません。
新生児や老人の死亡率を減らすためです。

「ちょっとくらい不潔な環境の方が人間は元気だ」などというのは、親戚の集まりで知ったかぶりのおっさんが酔っぱらって言うレベルの発言です。
新生児の死亡率を減らすために親や社会や医療関係者がどれだけ努力を重ねてきたか、完全にないがしろにした発言です。

昨今の健康バラエティブームはいいと思います。
しかし特にバラエティの場合、専門家でも必ずしも毎回正しく発言できるとは限らない、という認識は必要だと思います。
(2016年10月31日)

生活保護受給者にもパチンコをする自由はある……?

たとえば、うつ病で仕事ができない人には治療が必要です。
家族や社会の手助けも大切です。
パチンコ漬けで仕事ができない人がいるとします。
その人には何が必要でしょうか?

時々生活保護受給者のパチンコが問題になります。
「生保のパチンコ」と十把一絡げに考えている間はこの問題には結論が出ないと思います。
1日十時間以上パチンコ台に向かっている人がいます。
この人に必要なのは治療です。パチンコをする自由ではなく、パチンコ依存症の治療です。

少なからずの人が声高に議論しているにも関わらず、「パチンコ依存症は病気である」という観点が全く無視されているのは不思議です。
(2016年11月2日)

昔は過労死なんてなかった……?

最近の過労死関連のニュースを見て、正直言うと「俺たちが若い頃はもっとハードに働いていた」と思ったりしたことがあります。

大きな間違いでした。
昔と今では束縛度が全然違います。
携帯電話が鳴ればすぐ応答しなくてはなりません。
ややこしいメールも二十四時間休みなく飛び込んできます。
それぞれに速やかで適切な対応が求められます。

確かに昔、研修医時代、私は何となく長ーく働いていました。
しかしちょっとした合間に昼寝できる場所や、上司から見つからない逃げ場所もちゃんと確保していました。
昔は束縛から逃げようと思えば逃げられたのです。

今は違います。
何となく長時間会社で過ごしていたかつての私たちよりも、二十四時間連絡ツールを持たされている今の若者の方がはるかに大変なのは間違いありません。
昔の残業と今の残業は単純に時間では比較できないのです。

「昔は過労死なんてなかった!」などとのたまうおっさんは、今の時代なら確実に一日で過労死すると思います。
(2016年11月4日)

嫌煙運動は危険なファシズムである……?

食べログという飲食店検索サイトがあります。

検索ワードとして「神戸」「ラーメン」と入力すると人気ラーメン店がリストアップされます。
検索ワードを入力しなければさまざまなジャンルの飲食店がずらりと表示されます。
これをアトランダムに見てみるとほぼ8割以上の店が「喫煙可」です。

成人日本人の喫煙率は20%ほどです。
8割の人はタバコを吸わないのに、慎重に店を選ばなければほとんどの場合タバコ臭い店に当たってしまいます。
そこで、パスタを食べているのかタバコの煙を吸わされているのか分からない状況に追い込まれてしまうわけです。

8割の人々が、せめて飲食店の8割が禁煙であって欲しい、と願うのは断じてファシズムではありません。
横暴でもなく、わがままでもありません。
悪名高きポピュリズムでもなければ、弾圧でもなければ、人権侵害でもありません。
逆です。2割の人の嗜好に8割の人々と飲食店が従わされている状態の方が独裁的で専横的です。

実際はやりたい放題なのに被害者ぶるやり方は中国そっくりです。
近隣諸国の了解を侵犯しまくっているくせに国際社会に向けては周辺諸国からの不当な圧力だと訴える。
嫌煙運動はファシズムだなどと主張する人には「お前は中国か」と言ってやりたいです。
(2016年11月7日)

歩けるから骨は折れていない……?

救急外来で最もよく耳にする患者さんの言葉がこれです。

足の骨が折れていても歩けることがあります。
折れてなくても歩けないことがあります。
痛みの度合いと、歩けるかどうかと、骨折の有無は、ほとんど関係ありません。
ついでに言うと、治療方法ともあんまり関係がありません。特に救急の現場では。

「歩けるから折れてませんよね?」と質問すると、医師はたいていくしゃみが出かかったような変な顔をすると思います。
「歩ける歩けないは関係ないんだけど」とか「折れているかどうかもそれほど大問題じゃないし」とか、いろんな気持ちが入り混じった結果の複雑な表情なのです。
(2016年11月9日)

 

特別企画「優勝おめでとう!」<main>神戸元町ダイアリー2017年(1)茶わん蒸しが食べたい!


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