「罪と罰」を読む(第6部第3章)

「罪と罰」を読む〜第6部第3章(第3巻257〜281ページ)

 

(155)

 

ラスコーリニコフはスヴィドリガイロフに会いに行きます。

二つ用件があります。

 

一つ目は、老婆殺しの犯人である事をポルフィーリーには言うなと伝える件。

二つ目は、ドゥーニャに関わらないで欲しいと頼む件。

 

どれだけ身勝手な依頼でしょう。

人を二人も殺しておいて警察には黙っておいてくれ。

自分では働く気は一切ないくせに、姉が経済力のある男性と結婚するのはいや。

さすがにばつが悪くなったラスコーリニコフはスヴィドリガイロフにこう言います。

 

「いやあ、ぶらぶら歩いてたらたまたま出くわしちゃって〜。

僕たち何かの縁でしょうかねえ」

ラスコーリニコフはこの「奇跡」を本気で不思議がっているようです。

しかしスヴィドリガイロフにこう切り返されてしまいます。

「たいていここで酒を飲んでるから、ここに来れば会えるって言ったはずですよ」

 

単にラスコーリニコフがぼんやりしていただけなのでした。

ドストエフスキーは完全にこのお坊ちゃんを見捨てたようです。

(2017年5月19日)

 

(156)

 

ラスコーリニコフとスヴィドリガイロフの会話がじっくり描かれるのは、実は二度目です。

もっとたくさんしゃべったような気がしますが、二度目です。

前回は第2巻の211ページ、今から4日ほど前の事です。

 

前回も今回も、二人の会話は噛み合いません(そもそも「罪と罰」自体、噛み合っている会話の少ない小説ですが)。

前回は、訳の分からない事を並べ立てるスヴィドリガイロフに、ラスコーリニコフが振り回されているような印象でした。

今回、スヴィドリガイロフは比較的まともで普通です。

彼の言葉の端々に、ラスコーリニコフが脊髄反射的に噛みつきます。

今回会話を邪魔しているのはラスコーリニコフの方です。

 

ラスコーリニコフ、ソーニャ一家、ドゥーニャ、全ての人々の運命はスヴィドリガイロフに握られています。

ラスコーリニコフに与えられた選択肢はスヴィドリガイロフを殺すか、自首するか、です。

しかし前回の殺人で発狂寸前まで追い込まれたラスコーリニコフに「殺人力」など残っているはずがありません。

選択肢は、殺すか、自首するか、ではありません。

いつ自首するか、だけです。

 

この小説で、ラスコーリニコフの役割は、スヴィドリガイロフの相槌を打つ事くらいしか残されていないのです。

(2017年5月22日)

 

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「罪と罰」を読む(第6部第2章)

「罪と罰」を読む〜第6部第2章(第3巻221〜256ページ)

(146)

前回、「ここからしばらくはドラマティックなイベントも発生」しない退屈な部分だと書きました。
大間違いでした。
この章は大迫力です。

ポルフィーリーがラスコーリニコフをじわじわ追い詰めて、いよいよ犯人だと名指しする場面。
実にすさまじい破壊力です。
しかもほとんどがポルフィーリーの台詞によって成り立っていて、この迫力なのです。

考えてみればドストエフスキーはこういう文章を他では書いていません。
知的なキャラクターは登場しても知的な台詞はあまりしゃべりません。
ポルフィーリーはおそらくドストエフスキー作品の中でただ一人知的な台詞をしゃべる知的キャラクターです。
逆に言うとこの作品のこの部分のために、ドストエフスキーはとっておきの人物を持ってきたわけです。
(2016年12月14日)

(147)

ポルフィーリーは第2巻の138ページによると三十五、六歳です。

「顔の色は病人のようにくすんだ黄色味がかっていたが、じゅうぶんに元気そう」だそうです。
今読んでいる章では「咳はでる、喉がむずがゆい」「肺が拡張している」とも書いてあります。
まだ若いのに、肝臓も肺も調子がよくないようです。
第2巻の349ページには「痔もちなもんですから」という自身の言葉もありました。
全身ぼろぼろみたいです。

一つ気になることがあります。
「タバコがいけません」と言っておいて、「そもそも酒が飲めない、まさにそこが問題なんです」と続けています。
酒が飲めないからせめてタバコでストレスを解消するしかない、ということのようです。

しかし第2巻の151ページで彼は「昨日きみのとこで飲んでから、どうも頭が……、それに何か、体じゅうのねじがゆるんでしまったみたいで」と言っています。
飲めないと言ったかと思えば、二日酔いになるほど飲んだと言ってみたり、一体どういうことでしょう。
(2016年12月16日)

(148)

これはおそらく「飲んだ」という発言の方が嘘です。

第2巻で「ねじがゆるんだ」と言ったあと、ポルフィーリーは前日の飲み会で議論になった「犯罪論」を蒸し返します。
それに巻き込まれてラスコーリニコフは自分の「犯罪論」を自慢げに語ってしまったのでした。

今にして分かります。
ラスコーリニコフに「犯罪論」を語らせるために、ポルフィーリーは「いやあ、昨日は飲み過ぎてねえ」などと言ったのでしょう。
そして今「飲み過ぎたなんて言ったのは嘘だったんです」と舌を出しているわけです。

もちろん深読みしすぎだと思います。
ここまで気にする必要はないと思います。
何しろラスコーリニコフだって気がつかなかったくらいですから。
(2016年12月19日)

(149)

ドストエフスキーマニアでも中には頭の悪い人がいて、分かってないのに分かったような気になっているのが、はたから見ると滑稽だったりします。

第1巻の370ページを読んでその人は「何度読んでも分からなかったのに、今回読んでやっと意味が分かった」などと感動しています。
以下、その人の文章の引用です。

*****

「なんていう名だ?」
「親にもらった名前さ」
「なに、きみはザライスクの出身なのか?何県だ?」

これなど文面だけ読んでいてもちんぷんかんぷんです。
しかしこういう文章だと違ってくると思うのです。

「なんていう名だ?」
「それを訊いてどうするつもりぞなもし」
「なに、きみは伊予の出身なのか?どこだ?」

赤いシャツの若者に特徴的な訛りがあったという事なのでしょう。

*****

おお、すっかり分かったような気になっています!
(2016年12月21日)

(150)

しかしこの文章には前後があります。

「この角で商売をしている商人がいるだろう、女づれで、女房と、え?」
「いろんな連中が商売してるんでね」若者は、相手を値踏みするように、ラスコーリニコフをじろじろ見やりながら答えた。
「なんていう名だ?」
「親にもらった名前さ」
「なに、きみはザライスクの出身なのか? 何県だ?」
若者は、あらためてラスコーリニコフを見やった。
「うちらはね、旦那、県じゃなくて、郡なんです。兄貴はあちこち回ったが、おいらはうちにばっかりいたんで、なんにもわからんです」

若者の訛りで出身地を推測した……というのはそれでいいと思うのですが、その前後がやっぱりちんぷんかんぷんです。

たとえばラスコーリニコフの言葉
「ザライスク出身なのか? 何県だ?」
です。もしこれが
「きみは関西人か、何県だ?」
だったら分かります。関西にはいくつか府県がありますから。
しかしザライスク市はwikiによるとリャザン県の一部です。
「神戸市なのか? 何県だ?」
という意味不明な問いかけをラスコーリニコフはしていることになります。

若者の次の言葉も分かりません。
(2016年12月26日)

(151)

「おいらはうちにばっかりいたんで、なんにもわからんです」
この若者は、ずっと家にいたのでどこの出身か分からない、と言っているのです。
しかし引きこもりの若者でも家の住所くらいは知っているでしょう。(知っていますよね?)

このやり取りが成立するためには「ザライスク」に特別な意味を持たせるしかないと思うのです。

訛りや、地理的な位置ではない、何かの象徴のような、特別なニュアンス。

「その赤い帽子、もしかして広島出身?」
みたいな。

ドストエフスキーは不親切です。
「ザライスク」にどういう意味が込められているのか、いっさい説明してくれません。
噛み合ってるような噛み合ってないような、すっきりしないまま若者との会話は打ち切られます。

そして何と、その会話の600ページあとに「ザライスク」が再登場します。
(2016年12月28日)

(152)

で、ご存じですかね、やつが分離派(ラスコーリニキ)の出だってこと?
いや、分離派なんてもんじゃなく、異端派ですよ。
やつの一族には逃亡派が何人かいて、やつもつい最近まで、とある村の長老のもとでまる二年、教えをうけていたらしいんです。
この話は、ミコールカと、やつの同郷のザライスクから来た連中に聞きましてね。
とにかくあきれましたよ!
ただもう隠遁することばかり考えていたんですって!
すっかり狂信的になって、毎晩神さまに祈り、古い『真理の』書を読んで読んで、読みふけっていたらしいです。
そこにもってきて、ペテルブルグがやつに強烈に作用した、とくに女と、酒ですがね。
なんといっても感受性たっぷりですから、長老のことも、みんな忘れてしまった。
この町の画家がやつにすっかり入れあげて、ちょくちょく足を運ぶようになったとかいうことまで判明しています。

*****

分離派をロシア語では「ラスコーリニキ」と呼ぶらしいです。
分離派と言われてもよく分かりませんが、苦行や受難や自己犠牲に重きを置く宗派のようです。
当然われらが主人公「ラスコーリニコフ」との関連が気になるところですが、どこをどう読んでもラスコーリニコフから「ラスコーリニキ」的要素を見つけることはできません。

普通に「罪と罰」を読んで、彼と分離派的な何かを結びつけるのは無理です。
(2017年1月4日)

(153)

「ザライスク」にも引っかかります。

ラスコーリニコフはどうやらザライスク出身のようですが、何とミコールカもザライスク出身です。
しかも分離派(ラスコーリニキ)のようです。
これは一体どういうことなのでしょう。

主人公の名前に付けられた「ラスコーリニキ」。
第1巻で暗示された「ザライスク」的なもの。

これらがここに来てわざとらしく持ち出されたのには理由があるはずです。
(何がわざとらしいと言って、最初に登場した時、ミコールカはこんなやつじゃなかったですよね?)

読者にラスコーリニコフの内面にある苦行僧的キャラクターを気づかせるためでしょうか?
逆だと思います。
構想段階で主人公に付与されていた裏設定を、完全に拭い去るためだと思います。
ザライスク出身で、ラスコーリニキでもあったという設定を、ミコールカに憑依させて、彼もろとも物語から消し去るためだったと思います。

だって、我らがラスコーリニコフに、苦行僧的な部分なんてどこにもないですから。
ドストエフスキーもそれに気づいて、誤読のもとになりそうな要素を取り除いたのでしょう。

今以降、ラスコーリニコフが採る選択肢は、自分自身による自分自身だけのためのものだということです。
(2017年1月6日)

(154)

先ほど引用した中に、もう一つわけの分からない文章があります。

この町の画家がやつにすっかり入れあげて、ちょくちょく足を運ぶようになった……

この部分がさっぱり分かりません。
「罪と罰」には、少なくとも今の時点で、「画家」は一人も登場していません。
突然、「ザライスク」出身で「ラスコーリニキ」だったというキャラクター付けをされてしまったミコールカですが、ポルフィーリーの言葉によるとさほど魅力を感じさせる人物ではなさそうです。
ところがそのミコールカにどこかの画家が入れあげたらしいです。

この文章の意味がまったく分からないのです。
ドストエフスキーの頭の中にはどんな裏設定がうごめいていたのでしょうか?
(2017年1月11日)
 

プロローグ<第6部第1章<main>第6部第3章


「罪と罰」を読む(第6部第1章)

「罪と罰」を読む〜第6部第1章(第3巻197〜220ページ)

 

(144)

 

短い時間に劇的な出来事をぎゅーぎゅーに詰め込むのはドストエフスキーの得意技です。  

何と、第2巻の336ページから第3巻の194ページまで、260ページがたった一日のできごとなのでした。

そりゃあラスコーリニコフも疲れます。  

 

続く第6部は曖昧模糊とした語りから始まります。

ここからしばらくはドラマティックなイベントも発生しませんし、ソーニャも登場しません。

読了まであとちょっとというところまで来た読み手を眠くさせる、「難所」と言えるでしょう。  

でもそれはハチャメチャな前章で、ドストエフスキーも疲れてしまったからです。

疲れるのは登場人物だけではなく作者も疲れるのです。

読者が疲れても仕方がないと思います。

(2016年11月11日)

 

(145)  

 

ラスコーリニコフがルージンの悪だくみを打ち破り、ソーニャに告白し、カテリーナが発狂したのが物語の何日目であるかは議論が分かれるところです。

四日目に昏倒したラスコーリニコフが意識を取り戻したのが六日目なのか、七日目なのか決定的な手掛かりがないからです。

 

同じように、この章のできごとがカテリーナ発狂の何日後なのか、よく分かりません。  

199ページには「カテリーナの死後この二、三日で」とあります。

その他の細々した描写が、何となく「48時間よりは長い時間経過」を感じさせるようなタッチです。  

しかし200ページには「カテリーナの亡骸はまだ棺におさめられたいた」とあります。

夏の真っ盛りです。三日間も部屋に安置しておくことは可能でしょうか?  

一方、204ページには「この三日間とくらべて、頭の中もすっきりし」とあります。

頭がすっきりしていなくてはルージンをやっつけることはできなかったと思います。

とすると二日目ではありえないと思えます。  

ところが209ページではラスコーリニコフが「一昨日だったか、妹ときみの話をしたよ」と言っています。  

この章の冒頭ではドストエフスキーがラスコーリニコフの記憶の曖昧さについて語っています。

ラスコーリニコフの言葉は決定的な手掛かりにはならない、と作者自身が言っているわけです。

 

これらを総合すると、「おそらくは二日後、しかし三日後という説も完全に否定できない……」、そんな風に作者がわざとぼかして書いたという結論になりそうです。

(2016年11月14日)

 

プロローグ<第5部第5章<main>第6部第2章


「罪と罰」を読む(第5部第5章)

「罪と罰」を読む〜第5部第5章(第3巻160〜194ページ)

(139)

さあ、ドストエフスキー最もお気に入りのキャラクター、カテリーナが大活躍(?)する章です。

エピソードがぎゅうぎゅうに凝縮されているので実感がないかもしれませんが、実はマルメラードフが死んでからまだ四十八時間も経っていません。
マルメラードフの法事の日に、カテリーナは発狂するわけです。

ちなみにここで歌われる「埴生の家」はおそらく、これです。

(2016年10月5日)

(140)

「軽騎兵はサーベルにもたれて」はたぶんこれです。

歌ではなく原詩(Batyushkov作)の朗読ですが。

(2016年10月7日)

(141)

こういう当時の流行歌を小道具として使い、ドストエフスキーの筆は自由自在に走ります。
もともと大好きなカテリーナというキャラクター。
それから傍観者も入り乱れての大騒動も、ドストエフスキーが好んで描く情景です。
章の頭から最後までドタバタのまま一気に突っ走ることもできたはずです。

ところがここでまさかの中断です。

カテリーナ発狂の知らせを聞いたラスコーリニコフは、なぜか真っ直ぐ駆けつけることをしないでいったん自室に戻ってしまいます。
ソーニャへの告白のために生命力を消耗してしまったというのが一番もっともらしい理由ですが、はっきり言って無理があります。
さらにそこにドゥーニャが現れる不自然さ。
しかもそこにドラマ上の必然性がまったくないのです。

このドゥーニャのシーンが昔から謎でした。
(2016年10月12日)

(142)

第2巻の291ページからラスコーリニコフは家族に別れを告げ、そのあとラズミーヒンに顔芸で重大な事実を伝えます。
事実上の自白といっていいシーンです。

ポルフィーリーとはまだ戦うつもりのようです。
しかし家族には告白し、親友にも告白しているのです。
ソーニャにも近々告白する予定です。

中学生のころ、試験の日の朝に友達と「いやあ、全然勉強してなくってさあ」などとよく言い合ったものです。
今思えば幼稚で安っぽい予防線でした。
第2巻でのラスコーリニコフの告白にも、私は同様の幼稚さを感じてしまうのです。
(2016年10月14日)

(143)

さらには、ポルフィーリーとの対決の場にミコライが「自分が犯人だ!」と言って乱入してきます。

完全にラスコーリニコフの告白は宙に浮いてしまいます。
告白を受けていたラズミーヒンも、真犯人逮捕の知らせに頭が混乱したに違いありません。

ラスコーリニコフの告白をなかったことにするのが一番都合のいいやり方だと誰もが思いました。
ラズミーヒンも。

それからドストエフスキーも。

ラスコーリニコフが第2巻で告白していなければソーニャへの告白の重みが増します。
ドラマ的にもその方がうまくストーリーが展開します。
そこでドストエフスキーは以前の告白をなかったことにするために、ここでドゥーニャを登場させたのだと思います。
第2巻で筆が滑ったのを取り戻すために、こんな余計なシーンを挿入させざるを得なかったのだと思います。

「沖田艦長は生きていた!」「ユリアは生きていた!」に匹敵するぐだぐだ辻褄わせのように私は感じるのですが、そんなことを思ってしまうほど、不自然なシーンであることは間違いないと思います。
(2016年10月17日)

 

プロローグ<第5部第4章<main>第6部第1章


「罪と罰」を読む(第5部第4章)

「罪と罰」を読む〜第5部第4章(第3巻116〜159ページ)

 

(135)

 

さあいよいよラスコーリニコフが殺人をソーニャに告白する場面です。

 

殺人の場面が序盤の、ソーニャが「ラザロ」を読むシーンが中盤のクライマックスとすれば、こここそが終盤の、そして全体のクライマックスです。

いやクライマックスであるはずの場所でした。

実はよく分からないのです。

クライマックスとして盛り上げたいのであれば普通は告白をここ一回限りにすると思います。
ところがラスコーリニコフは罪の意識はないものの、告白はいっぱいしています。

まずは200ページ以上も前にラズミーヒンに。
言葉ではなく、あくまでも態度でではありますが、間違いなく告白しています。
それから300ページほどあとでドゥーニャに。
ドゥーニャはすでに感づいていたようですが、それにしてもラスコーリニコフはぺらぺらとしゃべりまくります。
そして最後は警察署での自白です。

だれかれ構わず、もう告白しまくりです。まるで「告白魔」です。

ソーニャへの告白はそのうちの二番目です。
余計なお世話ながら、クライマックスを持ってくるには結構難しい位置ではないでしょうか。
(2016年3月2日)

 

(136)

 

ついでに言うと第4部第4章でラスコーリニコフはソーニャに「ぼくは今日、肉親を捨てた」「母と妹をね。もう、あのふたりのところには行かない。あそこで、ぜんぶの縁を切ってきた」と言っています(第2巻329ページ)。

 

ネタバレになりますが、その後ラスコーリニコフは母にも妹にも会います。
初めて読んだ時には「家族の絆を断ち切ったラスコーリニコフかっこいい!」と思ったものですが、二度三度読むと失笑を禁じえない部分です。
ラスコーリニコフは大げさな物言いは好きですが、その真正性にはこだわらない人なのです(平たく言うと「口から出まかせ」)。

もともと言葉に重みのない男の、4回中2回目の告白。

確かにドストエフスキーはかなり書き込んでいます。
たとえば128ページから129ページにかけての描写。
この描写は素晴らしいです。
ソーニャの心理を描き切って見事です。

その後もソーニャの描写は続きます。
139ページまで、一つ一つのセリフに対してソーニャの口調や仕草が克明に書き加えられます。
ただでさえしつこいドストエフスキーがここでは一段としつこく書き込みます。
丸々10ページ、偏執的までに書き添えられるト書き。

 

ここまでくるとよく分からなくなってきます。

どうしてドストエフスキーはラスコーリニコフをしてラズミーヒンに告白させたのか?
どうしてこんなにもト書きで飾り立てるのか?

 

普通ならこの章は全篇のクライマックスです。

しかし、

もしかすると、

ここでは普通でないことが起きているのかもしれません。

つまり、

 

ドストエフスキーはもはやラスコーリニコフの告白なんかに興味がない。
(2016年3月4日)

 

(137)

 

一世一代のクライマックスのはずなのに、しかもものすごいテクニックで書かれているのに、もう一つ締まらない。
まるでブラームス最後のシンフォニーの終楽章のようです(……言ってしまった)。

それがどうしてなのかは今の時点ではよく分かりません。
いったん保留にしておきましょう。

 

ところでずっと以前に勘違いして書いてしまいましたが、この章でラスコーリニコフとソーニャが結ばれたとする説があります。
勝手に名づけましたが「江川卓命題」です。

157ページの冒頭。

「嵐が去って、人気のない岸辺に打ちあげられた男女のように、ふたりはたがいに寄り添いながら、悲しげに、うちひしがれて腰をおろしていた」

この文章の直前で二人が結ばれたという、「謎解き『罪と罰』」で紹介された説です。

初めてその説に触れた時には驚きつつ、結構納得したものです。

 

前回も書きましたがドストエフスキーは二人の仕草をかなり克明に描写しています。
二人は152ページで立ち上がりました。
その後一切の経過報告がなく、唐突に157ページの冒頭で「腰をおろしていた」。
しかも「嵐が去って」です。

そう言われてみれば、156ページと157ページの間に、語られなかった何かがあったのではないかと勘ぐりたくなります。

 

それに何よりも、この文章の前後で文体の温度が全然違います。

かなり説得力のある命題ではあると思います。
(2016年3月7日)

 

(138)

 

今はそう思いません。

 

さっきまで立っていた二人が腰をおろすことはありえます。
しかし結ばれた二人が、結ばれた直後に並んで座るとはどういうことでしょう。
しかも「うちひしがれて」。

「謎解き『罪と罰』」が刊行された、今から30年前の私なら納得してしまいました。
しかしそれから30歳分大人になった私からすると、これはありえません。
結ばれた二人がうちひしがれて並んで座るなんてありえません。

 

さらにこの命題には致命的な傷があります。

実はこの時の様子をスヴィドリガイロフが隣の部屋から盗み聞きしていたのです(323ページ)。

作劇上、そういうシチュエーションで二人が結ばれるのはありえないと思います。

 

* * * * * *

 

と、ここまで書いて、可能性が0ではないと思い至りました。
互いに結ばれようと思ったにも関わらずラスコーリニコフの問題で上手くいかなかった場合には「うちひしがれて」並んで腰掛ける状況はありえます。
しかしいかに裏設定の好きなドストエフスキーでもまさかここまで考えたとは思えません。

「嵐が去って」も「うちひしがれて」も、突然ラスコーリニコフがソーニャの慈愛を感じ始めるのも、ソーニャが急に馴れ馴れしくなるのも、それなら納得できますが、ドストエフスキーもさすがにそんなことは考えてないでしょう。

というわけでこの問題はここまでとして次の章に向かいましょう。
(2016年3月9日)

 

プロローグ<第5部第3章<main>第5部第5章


「罪と罰」を読む(第5部第3章)

「罪と罰」を読む〜第5部第3章(第3巻80〜115ページ)

(133)
 
とても単純で、高尚な解釈や難解な注釈抜きで楽しめる章です。
 
ソーニャを陥れようとしたルージンが逆に墓穴を掘ってしまうという、本来すっきりする内容のはずですが、個人的には納得のいかないところがあります。
 
一つは伏線に乏しいところです。
私はこれまで何度も「ドストエフスキーにはミステリ的素養がある」と書いてきました。
ところがこの一件に限っては撤回しなくてはなりません。
 
ルージンが100ルーブル札窃盗の濡れ衣をソーニャに着せるためには二つのトリックが必要です。
まずソーニャに気づかれないように100ルーブル札をポケットに入れなくてはなりません。
次にレベジャートニコフを証人に仕立てなくてはなりません。
つまりレベジャートニコフに同席させて、しかもその上で彼の眼を盗まなくてはならないのです。
 
ところがこの犯行が行われた36ページから44ページを何度読み返してみてもその形跡はありません。
たとえば、ソーニャが部屋を出る時に「ルージンは右手で非常に大げさな握手をして彼女を送り出した」とか書いてあれば、あるいはルージンとソーニャの会話の間、「レベジャートニコフは二人の会話には興味がなさそうに窓から外を見ていた」という描写があればミステリファンとしては大満足だったのですが。
(2015年12月18日)

(134)
 
45ページには「このひと幕が演じられている間、レベジャートニコフは会話をとぎれさせまいと、窓ぎわに立ったり部屋をうろうろ歩きまわったりしていた」という描写はあります。
 
うろうろ歩いている人の目を盗むのは難しいと思うのです。
この状況でソーニャのポケットに何かを忍ばせることが可能でしょうか。
ドストエフスキーは伏線のつもりで上の文章を書き加えたのでしょう。
ですが、伏線としては「うろうろ」が余計であるという発想には欠けていたのでした。
 
もう一つ余計な文章がこの章にはあると思います。
108ページから109ページにかけて。
 
「そうしてなんども腰を折られながら、彼はあくまでも語気するどく、冷静かつ正確に、しかもはっきりした口調で話していった。彼の刺しつらぬくような声と、断固とした口ぶりと、きびしい表情が、居合わせたすべての人々に異常な感銘をもたらした」
 
「罪と罰」の中でほとんど唯一ラスコーリニコフのかっこいい場面です。
ページ数にして3ページ、秩序もへったくれもない大騒ぎの場面で酔っ払いどもを一瞬にして静まり返らせる大演説。
しかし、
しかしです。
この部分のラスコーリニコフはかっこよすぎます。

だってラスコーリニコフは引きこもりの、コミュニケーション障害の、空気が読めない、エリート気取りの嫌なやつなのです。
酔っ払いの大騒ぎを静まらせることなんてできっこありません。
ましてや、文章で読んでも分かりにくいルージンの動機を、長々と「ご清聴」させられるはずがありません。

そのリアリティのなさをカバーするために加えられた上の文章です。
しかしその結果、リアリティはカバーできず、こじつけ感だけが際立ってしまいました。

上の文章も「うろうろ」という言葉もドストエフスキーの筆の滑りによるものです。
この短い章で作者が二回も筆を滑らせたのには理由があります。

次の章によっぽど早く突入したかったのです。
(2015年12月21日)

プロローグ<フーリエ「四運動の理論」<main>第5部第4章


「罪と罰」を読む(フーリエ「四運動の理論」)

「罪と罰」を読む〜フーリエ「四運動の理論」

(130)

ずっと心苦しい思いをしていました。
「罪と罰」の第5部第1章の18ページにこういう文章があります。

レベジャートニコフがフーリエの体系やダーウィンの理論について説明しようとすると、ルージンはとくに最近、何やらあからさまに小馬鹿にした態度を示すようになったし、

この「フーリエ」です。
Wikipediaには、「空想的社会主義者」の代表者、とあります。
ただし、草分けとして後世の社会主義者に影響を与えた、という感じではなく、あまりにも突飛な発想のために同世代の社会主義者からもあまり相手にされなかった、という感じのようです。
「フーリエ的」と言うと、現実的ではない、お花畑的社会主義を指します。

ルージン相手に語られるレベジャートニコフの断片的な言葉からもその「お花畑」ぶりはうかがえます。

革命家を生み出すような過激な思想でもなさそうだし、ソーニャもその考え方になびいた風でもないし、わざわざその著作を読むほどでもないか、とスルーしていました。
しかし正直言うと心苦しい思いもあって、うじうじ迷うくらいなら読んだ方が早い、と思って読んでみました。
(2015年10月28日)

(131)

シャルル・フーリエの代表作とされる「四運動の理論」です。

フーリエ自身も「パレ・ロワイヤルの狂人」と呼ばれることがあるそうです。
この本も突拍子もない理論のせいで「世紀の奇書」として取り上げられることが多い一冊です。

ニュートンとダーウィンの登場によって当時の人々は一気に湧き立ちました。
「すべての現象が科学で説明できるかもしれない」、つまり「神を越えられるかもしれない」という期待感で浮かれたのです。

ところがフーリエはニュートン理論もダーウィン理論も「神の意志のあらわれ」と受け取りました。
道徳や宗教などの固定観念から自由な立場で科学現象を素直に観察すれば「神の意志」を明らかにすることができると考えたわけです。
そして「神の意志」に触れることができれば、人類や人間社会の進化の方向性も見えてくると。

従って彼の一見奇矯な理論も、実は「科学」と「神」の両方を完全に信頼した、敬虔さに立脚しています。
その信心深さ(と言っていいと思うのですが)は純真で感動的ですらあります。
(2015年10月30日)

(132)

とすると若き日のドストエフスキーが惹かれたのも分かるような気がします。

理論で構築された「共産主義」よりも敬虔で、夢があって、しかもそこに悪人とか悪意とかが登場してこないのです。

彼の言葉は今でもなかなか魅力的です。
1808年の時点で彼は、将来日本が東アジアの通商・政治の鍵を握るだろうと書いています。
また彼は人種差別を進化途上の未熟な反応だと考え、「そんなもの放っておいてもいつかなくなる」としています。
その一方ではユダヤ人と中国人への憎しみは隠しませんが。

彼は日本人についてこう書いています。

野蛮人のうちもっとも勤勉かつ勇敢であり、もっとも尊敬に値する日本人は、女に対しても、もっとも嫉妬心がなくもっとも寛大である。そのため偽善的な習慣に恋愛を禁じられた支那の猿どもが、わざわざ日本に渡って恋愛に身を委ねるほどである。

200年間で日本人はずいぶんキャラクターを変えてしまったようです。
(2015年11月2日)

プロローグ<第5部第2章<main>第5部第3章

「罪と罰」を読む(第5部第2章)

「罪と罰」を読む〜第5部第2章(第3巻50〜79ページ)

(129)

ドストエフスキーはカテリーナが大好きだったんだろうなあ、とつくづく思います。
この章は最初から最後までとんでもないハイテンションで突き進みます。
ドストエフスキーはこういう病的な(と言うより明らかに病気の)躁状態の登場人物が好きです。
すぐ思いつくのは「カラマーゾフ」のフョードルです。
しかしあのフョードルよりもカテリーナの方が数段強烈です。

ひたすらドタバタの連続で特に分析や解釈を必要としない章ですが、ここでドストエフスキーがまたまた妙な小細工を見せてくれます。
カテリーナは客たちに虚言、妄言を並べ立てます。
ラスコーリニコフのことを「二年後にはここの大学の教授におなりになる」と紹介する始末です。
この小説の頭からつきあってきてラスコーリニコフのへたれぶりを知っている私たちからすると恥ずかしくなるようなデタラメです。
客たちも彼女の言うことなんかまったく信じていません。
たとえば彼女が「上品で貴族的といっていい大佐の家で」育てられたと言い張っても相手にする人はいません。

そんな中で彼女は一枚の賞状を客たちに見せます。
そこで続くのがこの文章です。

「そこにはまぎれもなくちゃんと、帯勲七等文官の娘と記されていたからである。
してみると、彼女は正真正銘、大佐の娘といえるわけなのだ」

もうすでに十分すぎるほど不幸なカテリーナ。
そのカテリーナをさらに鞭打つようなこの文章です。

最初にドストエフスキーはカテリーナが好きだったと書きました。
しかしその「好き方」は私たちが考えるようなものではありません。
サディスティックでとんでもなく変態的な愛し方のようです。
(2015年8月5日)

プロローグ<第5部第1章<main>フーリエ「四運動の理論」

「罪と罰」を読む(第5部第1章)

いよいよ最終巻に突入です。

第5部第1章(第3巻9〜49ページ)

(116)

ラスコーリニコフ一家との会談から叩き出されたルージンが大逆転を狙ってあれこれ画策する、というのがこの章の内容です。

その前にルージンの同居人レベジャートニコフについて長々と語られます。
「罪と罰」の男性キャストの中ではもっとも薄っぺらいキャラクターを与えられているルージンですが、レベジャートニコフはその彼をして「おそろしく俗っぽい、愚かな人間」と評される人物です。
ところがこの章ではレベジャートニコフと彼のイデオロギーについて20ページ以上も割かれます。
続く章では確かにある役割を担う彼ですが、映画でもエンディングロールに大きくクレジットされるような役ではありません。
それなのになぜか破格のVIP待遇です。

実は彼の名前はこの物語が始まってすぐ登場しています。
900ページ過ぎてようやく登場する人物が、名前だけ34ページ目に登場しているのです。
(2015年4月10日)

(117)

いずれも第1巻の記述です。

34ページ
「ひと月前、レベジャートニコフ氏がうちの家内を殴りつけたときも、わたしは酔っぱらって寝ていましたがね」
35ページ
「新思想を追っかけているレベジャートニコフ氏が、ついこのあいだも説明してくれましたっけ。現代じゃ、同情なんてもんは学問上も禁じられてる、って。どうして金を貸してくれるのか、こっちこそ聞きたい」
40ページ
「だからですよ。レベジャートニコフ氏の乱暴な仕打ちを許そうとしなかったのは、ね。で、あのことでレベジャートニコフ氏に殴られたときも、殴られたからっていうより、悔しさのあまり、寝込んじまったくらいです」
43ページ
「それと、つい最近のことですが、レベジャートニコフ氏からある本を借りてきて――そうそう、リュイスの『生理学』っていう本なんですが、ご存じですか――たいそう面白がって読んでましてね、ところどころ、わたしらにも声に出して読んでくれましたっけ」
47ページ
(アパートのおかみがソーニャの居住を拒んだという話を受けて)「それに、レベジャートニコフ氏までがそうでして……いえね……
例のカテリーナさんとの一件も、もとをただせばこのソーニャが原因でして。最初は、あの男もソーニャをしつこく追いまわしていたんですが、いったんこうなると、急にえらぶった態度をみせて、『おれみたいな教養人が、その手の女とどうしてひとつ屋根の下に暮らせる?』と、こう出てきました。で、カテリーナさんはそれが許せず、食ってかかった……で、例の事件が起きたってわけです……」

どうやらこの時点ではドストエフスキーはレベジャートニコフにもっと重要な役割を担わせるつもりだった、と考えるべきなのでしょう。
(2015年4月13日)

(118)

次にレベジャートニコフの名前が登場するのはその300ページ後です。

ルージンが「たいへん気持のいい気持ちのいい青年」としてラスコーリニコフたちにレベジャートニコフの名前を出します。
しかし彼らに開陳したのはレベジャートニコフの新思想とは正反対の現実主義思想でした。
この不思議な転回については5年前に「第2部第5章」で書きました。

が、さらに注目したいのは作者のレベジャートニコフへの興味が300ページ前に比べて激減していることです。
当初はソーニャを挟んでラスコーリニコフと向き合うキャラクターとして構想されていたと思うのです。
エリート意識とコンプレックスの荒々しい混沌状態とも言うべきラスコーリニコフと、おめでたい空想的共産主義のレベジャートニコフ。
ところが第1部のド迫力の殺人シーンのあとでは、レベジャートニコフ主義はどうにもこうにも軽すぎてラスコーリニコフの暴走的破滅主義に釣り合いが取れなくなった……、というのがごく普通の解釈でしょう。
私はそれ以上に大きなもう一つの要因があったと思います。

レベジャートニコフ以上に魅力的な人物が、当初の想定とはまったく別の形で現れてきたのがその理由ではないでしょうか。
(2015年4月15日)

(119)

その人物とは言うまでもなくスヴィドリガイロフです。

レベジャートニコフはマルメラードフの長台詞の中だけに登場し、スヴィドリガイロフは母親の手紙の中だけに登場します。
実際に姿を見せるのはレベジャートニコフが900ページ目、スヴィドリガイロフは650ページ目。
二人とも名前だけが出てきた時点でドストエフスキーの中である程度の性格の肉付けができていたのは間違いありません。

相違点もあります。

レベジャートニコフは最初からそれほど行動に矛盾がありません。
マルメラードフによると、彼は最初はソーニャに言い寄っていましたが、ソーニャが娼婦になると態度を一変させてアパートからの放逐を家主に訴えました。
あとで本人はいろいろ弁解していますが、所詮は言い訳で、事実関係が大きく間違っていたわけではありません。
彼のやることは、非常に分かりやすいです。

ところが手紙の中に出てくるスヴィドリガイロフはその時点で謎めいてます。
(口述者が単細胞のマルファで、筆記者が判断力に乏しいプリヘーリヤなので、その謎めいた部分は上手くぼやかされていますが)
彼はドゥーニャを挟んでラスコーリニコフと対峙すべき人物として構想されていました。
レベジャートニコフがソーニャを挟んでラスコーリニコフと向き合わされていたのと同じ構図です。

ところが片やレベジャートニコフは作者の共感を失い、片やスヴィドリガイロフは作者の思惑を超えて巨人化していきます。
(2015年4月17日)

(120)

実は作者の関心を失ったのはレベジャートニコフだけではありません。

ラスコーリニコフもスヴィドリガイロフの登場以来どんどん精彩を欠いていきます。
そして決定的になったのは第4部第4章。
このクライマックスのあと、ドストエフスキーにとってラスコーリニコフはどうでもいい存在になってしまいます。

3人をものすごく単純化すると、罪の意識も苦悩もなかったレベジャートニコフ、苦悩はあったが罪の意識のなかったラスコーリニコフ、今の時点では何も語られていませんがどうやら罪の意識と苦悩を背負っているらしいスヴィドリガイロフ、と例えられると思います。
どちらもなかったレベジャートニコフは早々とライバル役から降ろされました。
ラスコーリニコフの心には4部4章で「苦悩をソーニャと分かち合えるかもしれない」という希望の日が差し込みました。
形而上の苦悩はもはやこれ以上彼をさいなむことはありません。
彼を追いつめるのは形而下の問題、つまり「自首するかどうか」だけです。
ドストエフスキーがラスコーリニコフから興味を失ってしまうのは当然です。

意味不明なことをしゃべりまくって幻のように消えてしまったスヴィドリガイロフが今やドストエフスキーの関心のほとんどを占めているのは間違いありません。
(2015年4月20日)

(121)

さてこの章の冒頭でちょっと戸惑うのは「さすがのルージンも、酔いから一気に醒めるような思いを味わっていた」という部分です。

第2章の最後で彼はドゥーニャの部屋から叩き出されました。
しかしその決定的な場面でも彼はなかなかしぶといです。
 

驚くべきことに、階段を降りていくときでさえ、彼は、もしかしたらこれですっかりだめになったわけではないかもしれない、女たちについてだけいえば、《ほんとうに、そう》、まだ元にもどせるかもしれないと考えていたのだった。

取り返しのつかない失敗をした時、普通、最悪に落ち込むのはその直後だと思います。
一晩寝たら少し気持ちが落ち着いて「何とかなるかも」と少し元気が回復したりするものです。
ところがルージンは逆です。
直後には「まだ元にもどせるかも」とへこたれていなかったのに、翌朝にはがっくりとへこんでいます。
作者はこう説明しています。

昨日のうちはまだ、ほとんど夢のなかの出来事のような気がしていたし、起きてしまったとはいえ、やはりありそうもないことのように思えていたのだ。傷つけられた自尊心という黒い蛇が、ひと晩じゅう彼の胸をちくちくとさいなみつづけた。

だらだらとした典型的な悪文ですが要するに、直後は現実感がなかったのでよく分からなかったけれどひと晩考えてみて最悪な事態だったと気がついた、ということです。
作者がそう書いているのならそうなんだろうと納得してしまいそうになります。
考えれば考えるほど落ち込んでいく人がたまにいます。
そういう人ならともかく、しかしルージンはそんなキャラクターではありません。

ルージンが落ち込んだのは「ひと晩じっくり考えた結果」などではありません。
(2015年4月22日)

(122)

プラス志向の人でもたまに落ち込むことがあります。
もっとも多いのがマイナスオーラの人にエネルギーを吸い取られた時です。

この場合もそう考えると非常に理解しやすいです。
マイナスオーラの持ち主とはもちろんレベジャートニコフです。
彼は共産主義思想にかぶれていますからそもそもルージンの「金で解決できなことはない」という考え方にはくみしません。
さらに彼のニヒリズムは結婚という制度も否定します。
「金の何たるかも分かってないごくつぶしのアニキのせいで結婚がぽしゃったんだ」と愚痴をこぼしてもルージンの味方をするはずがありません。
逆に、金の魅力に負けなかったドゥーニャを讃え、金をどぶに捨てたラスコーリニコフを持ちあげ、一方、結婚制度に何らかの期待を抱いていたルージンをこき下ろしたことでしょう。
ペテルブルクに他に知り合いがいないとはいえ、ルージンは一番相談してはいけない人に悩みを打ち明けてしまったわけで、彼の落ち込みはむしろこっちが原因と思われます。

さらに翌日ルージンを災難の二連発が襲います。
一つ目は長らく手掛けてきた裁判が敗訴濃厚になったこと、二つ目が新居予定のアパートが円満にキャンセルできなくなったこと。
第1巻の90ページに書かれているとおり、そもそもルージンはこの裁判のためにペテルブルクにやってきたのです。
ドゥーニャとの結婚がついえて裁判でも負けたとなるともはやペテルブルクにしがみつく必要はありません。
アパートをキャンセルしようとしたのは一人暮らしには広すぎるという理由ではなく、ペテルブルクを去ろうとしたからだと思います。
考えてみればルージンは大審院で仕事を終えたあと、すぐその足でアパートの大家と家具屋との交渉に出向き、さらには銀行で三千ルーブルの債券も現金に換えています。
とてつもない行動力です。
その一方で法律の専門家のくせにアパートの大家や家具屋の理不尽な請求に反論できません。
法律家としては無能なのです。
彼はつぶやきます。

家具が惜しくてわざわざ結婚するわけにもいかんだろう

捨て鉢な自嘲めいた独り言でしたが、その言葉から彼は一発大逆転の秘策を思い付きました。
行動力はある、でも仕事はポカが多い、でも打たれ強い、今回も結構しぶとい。
いやいや、ルージンって結構面白いやつです。
(2015年4月24日)

(123)

さて、我らが愛すべきルージンが上京にあたって一番恐れていたのが「炎上」でした。

脱法行為をほじくり出され、身元を特定されて世界中に拡大発信されて、WEB上でリンチを受ける……。

これは現代日本に限った事ではなかったようです。
実際ルージンの恩人二人も「炎上」して、一人は「スキャンダラスな結果に終わ」り、もう一人は「あやうくとんでもなく面倒なことになりかけ」ました。
そうした事態を防ぐためにルージンはレベジャートニコフに取り入ったのでした。

しかし、よく分からないのです。

この時代、地方行政区の有力者にとってのスキャンダルとは何でしょう?
やっと先進的な学生たちが農奴解放を訴え始めた頃です。
農民自身には権利意識などまだ存在しなかったと思います。
専制封建主義に染まった片田舎で、たとえば汚職が重罪になるでしょうか?
妾を何人も囲い込んだからといってそれが醜聞になるでしょうか?
(2015年5月11日)

(124)

クリミア戦争の10年後が「罪と罰」の「今」です。

ルージンがキャリアを築きはじめたのがいつかははっきりしません。

もしそれがヨーロッパ全域で緊張が高まりつつあった戦前であれば、もっとも恥ずべき行為は「売国的活動」だったと思います。
しかし外交交渉や諜報活動などが未熟だった時代、ルージンの後ろ盾に何ができたでしょうか。
外国の外交官と秘密裏に交渉するようなヴィジョンや、敵国が知りたがっている機密情報を、たかが田舎の有力者が持っていたとはとても思えません。

戦後なら少し話が変わってきます。
市民の間にはフランス革命から影響を受けた新思想と大戦の高揚感によって生み出されたナショナリズムが広がって、全国民が浮足立っていました。
そんな折、ロシアの片田舎にもフランスの華やかな文明が流れ込んできました。
ファッションであったり、音楽であったり、劇であったり。
奥様たちがパリの最新モードについておしゃべりしている間、隣の部屋で男連中はカードをしながら新思想について語り合っていました。
そういう集まりで主導権を握るのは洋行帰りの若者です。
頑固な田舎領主たちも「フランスではそんなやり方はしない」などと上から目線で言われてしまうと反論できなかったのではないでしょうか。
いつの間にかサロンが革命思想にかぶれた若者たちに乗っ取られてしまうこともあったと思います。

そして本人が知らないうちに革命サークルの首謀者に祭り上げられてしまうことも。
(2015年5月13日)

(125)

こう考えると15ページからのいくつかの不思議な記述がかろうじて理解できるかもしれません。

県のかなりの有力者が何かこっぴどく暴きたてられる例を、二つまで見て知っていた(15ページ)
そしてじっさい、いま暴きたてられているのはどんなことか?(中略)ひとことでいって、疑問は山積みだったのである。(17ページ)

何かがスキャンダルになったけれども、何が問題なのか周囲からも、おそらく当事者にもよく分かっていない様子です。
普通そんなことがあるでしょうか?

もし、いつの間にか自分のサロンが革命家たちのたまり場になっていたとすれば、こういう状況はありえます。

サロンの話題の中心はモードとゴシップ。
たまに外国の新思想が取り上げられることもあったでしょうが、それもいわばファッションの一部だったと思います。
ところがある日突然革命サークルの首謀者として槍玉にあげられるのです。
「皇帝を暗殺しようと毎晩のように相談していただろう!」という風に。
領主としては小難しい専門用語に知った気にふんふんとうなずいていただけだったのです。
自分としてはずっと世間話をしていたつもりだったのです。
「そんな大それたことは話していません、まさか皇帝暗殺なんて!」
「嘘を言うな、ナロードニキを先鋭的に支持するとみんなの前で宣言しただろう」
「えっ、ナロード何とかってそういう意味だったんですか?」

勝手に話をこじつけましたが、「スキャンダル」とはそういうことではなかったかと思うのです。
(2015年5月15日)

(126)

しかしこの仮説には致命的な矛盾があります。

私の想像のとおりだとすると、ルージンのうしろ盾を糾弾した「暴露派」は守旧派です。
ところがルージンがすり寄ったレベジャートニコフは共産主義(のようなもの)を信奉しています。
それぞれ極右と極左で、思想的にまったく逆なのです。

可能性としては二つあります。
1)私の仮説が間違っている
断片的な記述から無理やりこじつけた根拠に乏しい仮説です。
私の仮説が間違っている可能性が高いことは認めます。

2)ルージンがよく分かっていない
「暴露派」に取り入ろうとルージンが接近したのは正反対の考え方の共産主義者だった……。
慎重なようで肝心なところで抜けている、そんなルージンの愚かさを表す描写だったという解釈はどうでしょうか。
初対面のラスコーリニコフを懐柔しようとして大失敗したり、ソーニャを陥れようとしてレベジャートニコフに足元をすくわれたり、やることなすこと裏目裏目に出るルージンです。
そもそもレベジャートニコフの部屋に転がりこんだのが大間違いだったんですよ、というドストエフスキーの意地悪な描写である可能性はあると思います。

が、そこまで考えると必然的に三番目の解釈も浮かんできます。

3)ドストエフスキーも分かっていない
いやいや、まさか作者が分かっていないなんてことがあるはずがありません。
いやしくも大文豪のドストエフスキーです。
極右の「暴露派」と極左の「共産主義」をごっちゃにするわけがありません。

しかし。

しかしです、「罪と罰」ではラスコーリニコフはソーニャ一家の悲惨さを見て社会構造の改革の必要性を痛感しました。
ところが「悪霊」の革命家たちをドストエフスキーは冷たく突き放します。
かと思うと「カラマーゾフの兄弟」の続編でアリョーシャを皇帝暗殺者として構想していたという説もある。
理解しようとしなかったか、理解できなかったか、とにかく革命思想に対してスタンスが定まっていません。

「悪霊」での若者たちの会話の空虚さ、つまらなさ、分からなさも、「もしかするとドストエフスキーもよく分かっていなかった?」と考えると腑に落ちます。

けれどもルージンのうしろ盾を巡るわずかな描写だけでここまで仮説を進めるのはいくら何でも行きすぎでした。
 「ドストエフスキーは革命思想を理解していなかった」などという暴論はいったん引っこめて次に進みましょう。
(2015年5月18日)

(127)

レベジャートニコフが信奉する主義思想も分かったようでよく分からないのですが、この章にはもう一つ訳の分からないところがあります。

3巻の37ページでルージンはレベジャートニコフにこうたずねます。
「例のラスコーリニコフ、そこにいるかい?」
それに対して彼の答えはこうです。
「ラスコーリニコフですって? いましたよ」

どうやらレベジャートニコフはラスコーリニコフの顔を知っていたようです。
おそらくラスコーリニコフが瀕死のマルメラードフを担ぎこんだ時に見かけたのでしょう。
その場にはルージンも居合わせていたようです。
2巻の63ページで彼自身がこう書いています。
「わたくし自身がこの目でたしかめたことですが、ご子息は昨日馬車にひかれて死亡したある酔漢の家で、卑しい職業をなりわいとするそこの娘に、二十五ルーブルを手渡されました」
その場面、同居人のレベジャートニコフも一緒にいたはずです。

ところが1巻の422ページからのマルメラードフの臨終シーンにそれらしい人物は登場してきません。
ラスコーリニコフが初めてマルメラードフの家を訪れた時に出会った可能性もあります(1巻の65ページ)。
ところがこちらにもレベジャートニコフっぽい人の描写はありません。
(2015年5月20日)

(128)

これが伏線というものに関心のない作家の文章なら私も気にしません。
ドストエフスキーはそうではありません。

2巻の193ページでラスコーリニコフは見知らぬ人から突然「人殺し!」と決めつけられます。
その人物の描写はこうです。
「見かけは町人風で、チョッキのうえにガウンのようなものをまとい、遠くからは百姓女みたいに見えた」
ラスコーリニコフは気付かなかったようですが、実はこの町人は以前に彼の前に姿を見せています。
1巻の410ページです。
「何人かの男女が、通りに面した建物の入口に立って、道行く人をながめていた。
ふたりの庭番と、おかみさんと、ガウンを着た町人、さらに何人かの姿があった」
本格的な登場の200ページも前に、ちゃんとラスコーリニコフと私たちの前に登場していたのです。

ドストエフスキーとはこういう作家です。

ところがマルメラードフの臨終の場面にレベジャートニコフとルージンは姿を見せない。
これがこの章の最大の謎だと私は思います。
(2015年5月22日)

プロローグ<第4部第6章(下)<main>第5部第2章

「罪と罰」を読む(第4部第6章)(下)

第4部第6章(第2巻385〜404ページ)

(116)

それからもう一つ嫌なのは、書いてあるのに無視してしまうやり方です。

たとえば、最も気になるのはソーニャの最初の仕事のくだりです。
第1部第2章、47ページあたりの描写、5年前にも(!)書きましたが、流れとは関係のない描写が無造作に放り込まれていて、激しい不協和音を響かせている箇所です。

困窮の極みに追い込まれた家族のためにソーニャは初めての仕事に向かいます。
家族思いのソーニャが苦悩の末に自己犠牲の道を選ぶ、感動的な場面です。
ところがそこになくもがなの文章が差し挟まれています。
「黄の鑑札」がどうしただの、「しかるべき挨拶」がどうしただの、一見、本筋とは関係なさそうな言葉の数々です。
完全に本筋と関係がなければ酔っ払いのたわごととして無視できたのかもしれません、ところが微妙に関係があるから始末に困ります。

マルメラードフが語るにはソーニャは「しかるべき挨拶」を怠ったから「黄の鑑札」を受ける羽目になったらしい。
「黄の鑑札」は売春の許可証のようです。「しかるべき挨拶」とは最も一般的な解釈としては仲介料の事でしょう。
普通なら、売春婦が顔役に仲介料を払わなかったから仕事を続けることができなくなった、という流れのはずです。
ところがマルメラードフの台詞ではそれとは逆の順番で物事が起こったようです。

そしてどうして逆なのかを考え始めると、「家族のために自分を犠牲にする可哀想なソーニャ」という王道的解釈が突然軋み始めます。
(2014年10月1日)

(117)

天国的に美しい第3楽章が終わり、いよいよ壮大な終楽章に突入します。
ところがその冒頭で耳障りな不協和音が鳴り響く……あまりにも有名なベートーヴェンの交響曲第9番です。

レ・ファ・ラの和音とは相容れない「シ♭」がぶつけられているために不快な絶叫になってしまうのです。

問題は、よく分からないから、あるいは不快だから、という理由で「シ♭」を鳴らさないというやり方が許されるのか、という事です。
ありとあらゆる音楽注釈書を読んでベートーヴェンの伝記を通して彼の苦悩を分かち合ったはずの人が、管楽器に「シ♭」を吹かせない。そういう音楽の世界ではありえない事がドストエフスキーでは許されるのか、という事です。

前回取り上げた箇所も本当はドストエフスキーの頭の中にはちゃんとした「裏設定」があったはずです。
それを全部説明するとわずらわしいからか、文章のテンポ感の問題か、あるいは書きたくなかったからか、いずれにしてもドストエフスキーは全部は書かず、「裏設定」がありそうな形跡だけ残しておいた、それがこの部分の「シ♭」だと思います。
それなのに「シ♭」が聴こえない評論の多い事……。
(2014年10月3日)

(118)

で、話が4回前の記事に戻ります。

「書いてある通りに読もう」と言いながら、実は私はこの部分だけはドストエフスキーはあんまり考えていなかったような気がしてならないのです。
つまり町人がラスコーリニコフに腹を立てて、下宿まで押しかけて「人殺し」と決めつけた、一連の流れです。
でも一か所でも「この部分はドストエフスキーの書き損じだろう」と切り捨ててしまうと収拾がつかなくなります。
人には「書いてある通りに読め」と言いながら自分では「ここは書き損じ」と考える身勝手さが、我ながら「ずるいなあ」と思うわけです。

それにしても「解釈」には「どこまで解釈するか判断する」行為も含まれているのだと最近つくづく思います。

文学は抽象的なので判断が難しいところがあります。
前々回書いたソーニャに関する文章でも、人によっては全然違和感を覚えないかもしれないのです。
その人からすると、私がやっていることは「深読みしすぎの揚げ足取りのこじつけ」に見えるでしょう。
そしてそこから先議論がかみ合うことはありません。

その点音楽は、一般的には文学よりもさらに抽象的のように思われていますが、結構具体的です。
(2014年10月6日)

(119)

ちょうど今聴いている曲なのですが、



こーんな楽譜です。
シェーンベルク作曲の「ペレアスとメリザンド」という曲の10、11小節目。
フルートもトランペットもヴァイオリンも登場していないのに15段、19声!
見ているだけで頭がくらくらしそうな神経質で神経症的な譜面です。

ところがチェロ奏者の立場から見ると11小節目の冒頭に、他のパートには記入されている「mf(メゾフォルテ)」が抜けているのに気づきます。

10小節目の頭が「mf」で、そこからクレッシェンド(段々大きく)しているので、11小節目の直前では「mf」よりも大きくなっているはずです。
ヴィオラは11小節目の頭でいったん「mf」まで音量を落とします。
イングリッシュホルンと3番クラリネットは前の小節が「p(ピアノ)」からのクレッシェンドですので落とす必要はありません。
さて、チェロはどう弾くべきでしょうか。
ヴィオラにならって、つまり「mf」の記入漏れと解釈して、いったん音量を落とすべきか、それともクレッシェンドし続けるべきか。

(2014年10月8日)

(120)

ここで他のパートをじっくり見てみると、

小節のまたぎ目でファゴットとコントラバスのスラーのかかり方が違う
11小節目の4拍目から8拍目にかけてイングリッシュホルン、クラリネットとヴィオラ、チェロでスラーのかかり方が違う
10拍目にクレッシェンドがある楽器とない楽器が混在している

という事に気がつきます。
これらを総合的によくよく考えてみると、11小節目の頭のチェロから「mf」が抜け落ちているのはミスである、とほぼ断言できます。

音楽の方が文学よりも抽象的で、論理的解釈に向いていないと思われがちです。
しかし実際には、楽譜は文字よりも論理的な分析に耐えうる表現方法のようです。(2014年10月10日)

(121)

どうして解釈についての話を長々と続けてきたかと言うと、これです。



高野史緒の「カラマーゾフの妹」がようやく文庫化されたのです。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」は光文社文庫だと全5冊の大長編で、それなりに完結しているように思えます。
ところが作者の構想によると、もっと巨大な作品の前半部分にすぎないのだそうです。
後半を執筆することなくドストエフスキーが亡くなってしまったために全体像はよく分かっていません。

その後半部分を完成させるという、あまりにも畏れ多い試みに挑んだのがこの作品です。
ポイントは二つあって、一つは前半に散りばめられた伏線を回収しつつ続編を完成させること、もう一つはフョードル殺しの真犯人を見つけること、です。
(2014年10月20日)

(122)

「罪と罰」でも、思わせぶりに提示されたままその後何の回収もされなかった「伏線」がいろいろありました。
ですから「カラマーゾフ」でもどこまで伏線を拾い上げるべきかは微妙なところです。

高野史緒氏は「線路での度胸試し」や「犬に曲芸を躾けること」などを材料にして皇帝暗殺方法を推理してみせました。

ただし彼女はこの試案を人工衛星やコンピュータなどスチームパンク風の小道具で彩ります。
大真面目な考察と身構えると肩すかしをくらいます。
彼女は「カラマーゾフの楽しみ方」そのものを提案してくれた、と受け取るべきなのでしょう。
(2014年10月22日)

(123)

一方フョードル殺しの真犯人捜しについてはかなり緻密です。
緻密、と言うかミステリ読みにとってはごく当り前なレベルの読み方です。
「大審問官」については声高に論じる人たちが「フョードルが殺される」という「カラマーゾフ」の基本プロットについてはどうしていい加減な読み方しかしないのか、そっちの方が逆に不思議だったりします。

本音を言えば、自称ドストエフスキーファンが「大審問官」について語りたがるのは、あまり考えなくてもいいからだと私は思っています。

普通に読めばスメルジャコフが犯人であるはずがないのに。
ようやくそのことを指摘した考察が登場したわけです。

しかし問題がないわけではありません。
彼女は真犯人の動機を説明するために、前半部分では登場しなかった人物を創作しました。
これが余計でした。
この創作が、前回触れたスチームパンク風の彩りとごっちゃになって、せっかくの考察の真面目さが損なわれてしまったように思えます。
そんなことをしなくても第三編に動機ははっきり書かれているのに。(2014年10月24日)

プロローグ<第4部第6章(上)<main>第5部第1章

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