オリンピックとか万博とか

先日用事で科学技術系の高校に行くと、教室の壁に「eスポーツ日本大会参加者募集」と貼り出されていました。

就職や進学の案内と並べて貼られていたので、学校推奨の募集なのでしょう。

 

数年前にこのコラムで「オリンピックにテレビゲームを取り入れよう!」と書きましたが、その時は冗談のつもりでした。

が、現実は私の想像を超えるスピードで進化していたようです。

 

コーラスやブラスバンドのような体育会系文化部はもちろん、最近は書道や俳句でも全国大会があります。

それに加えてこれからは「帰宅部」の生徒でも全国レベルで注目されうる時代になってきたわけです。

 

元「限りなく帰宅部に近かった文化部」員の私はとっても喜んでいるところです。

(2018年11月2日)

 

観戦者の立場からすると、リアル格闘技とeスポーツとの最大の違いは必ず決着が着くところです。

 

eスポーツではボクシングや柔道のような不可解な判定や、プロレスの場外乱闘両者反則負けなどでもやもやすることはありません。

と、そこまで書いて疑問が浮かんできました。

 

いろんな格闘技の「すっきり決着率」はどれくらいなんでしょうか。

 

K1については

https://queel.me/articles/394

で親切な人がまとめてくれています。

それによると全階級の平均KO決着率は39%だそうです。

私の実感と、まあまあ近い値です。

 

その他の競技ではあまりまとまったデータがありません。

(2018年11月5日)

 

そこでリオ・オリンピックの結果をもとに計算してみました。

 

まず男子柔道

 

全258試合で、そのうち「一本勝ち決着」が155試合。

60%の試合ですっきり決着がついています。

これに「まあまあすっきり」の「技あり決着」を加えると74%。

私が何となく感じていた以上に、柔道ではすっきり決着がついているようです。

 

ボクシングはどうでしょう。

 

男女合わせて全273試合で、TKOが15試合。

KOはライトヘビー級とスーパーヘビー級それぞれ1試合ずつの合計2試合でした。

KOとTKOを合わせた「すっきり決着率」は6.2%。

誰も文句なしのKO決着率は何と0.7%です。

 

K1での決着率との何たる差でしょう!

K1はマッチメイクを工夫するなど、興行としてそれなりに努力しているということがよく分かります。

(2018年11月7日)

 

ミーハーなので、せっかく東京でオリンピックが開催されるのなら何か見に行きたいと思っています。

 

スポーツクライミングなんか面白そうですが、今年の夏の暑さを経験してしまうと屋外競技には二の足を踏んでしまいます。

そこでボクシングに注目していました。

他の屋内競技に比べて日本人選手が少ないのでチケットも入手しやすそうですし。

 

と思っていたのですが、この「すっきり決着率」を見るとちょっと考え込んでしまいます。

だって93.8%の試合が判定なんですよ。

もやもやしに行くようなものです(完全素人目線です)。

 

いろいろ考えてみるに、深夜バスで早朝東京入りして、マラソンを沿道で軽く応援して、新幹線でとっとと帰ってくるというのがいいのではないかと思っているところです。

(2018年11月9日)

 

オリンピックといえば、外国人観光客のタトゥーの扱いが問題になっています。

 

先に言っておくと、特に持論はありません。

感染症に対する安全性は大丈夫なのかな、とちょっと思う程度です。

 

それから兵士にはもしかすると必要なのかもしれません。

「サソリのタトゥー、これはジャックの足だ!」みたいな状況もありえますし。

 

しかし前線で戦うこともなく、宗教的バックボーンもない日本人がタトゥーを入れるというのはすごいことだと思います。

 

私は自分の二十代の言動は全て忘れてしまいたいです。

根拠のない自信とか、排他的な考え方とか、無思慮な行動とか。

 

私は二十代でかぶれていたものを全部葬り去りたいです。

当時のファッションとか前衛芸術とかすかすかのパンクロックとか。

 

ところがタトゥーは忘れさせてくれません、葬ることもできません。

私だったら毎日鏡を見るたびに恥ずかしくて死にそうになると思います。

タトゥーを入れている人を見ると、「この人は自分の過去を受容できているんだ」とつくづく感心するのです。

(2018年11月12日)

 

で、自意識の話です。

 

服の組み合わせを考えるのが面倒なので、私はだいたい毎日おんなじような服を来ていました。

それがここ数年で「おんなじような服」から「ほぼ同じ服」に進化(退化?)しました。

ユニクロで同じ服とズボンを5、6着買って、色あせてきたらそのつど同じデザインのものを買い足しています。

 

誰も自分のことなんて見ていない、と割り切りさえすれば、これはとっても楽です。

 

やってみると「毎朝の服選びが簡単」という以上のメリットがありました。

 

靴下です。

(2018年11月14日)

 

今までは値札に「三足千円」と書いてあれば三足別々のデザインの靴下を買っていました。

 

でも靴下は片一方に穴が開けばもう片一方も履けなくなります。

それを考えると手持ちの靴下は同じデザインでそろえた方が節約になります。

洗濯のあととか、靴下の片方がなくなった時に必死で探さなくてもすみますし。

 

そう思ってシンプルな黒で買いそろえようとしたのですが、これが意外と難しいです。

屋内の照明では微妙な色合いの違いが分かりません。

購入して、実際に履いて外に出て初めて「濃紺だった!」みたいなことがしょっちゅうです。

黒い靴下を、全く同じ色、全く同じ生地、全く同じ縫い方で買い足していくのは事実上不可能です。

 

靴下だけはいわゆる老舗のロングセラー商品に頼るしかないような気がしています。

 

前回の「誰も自分のことなんて見ていない」という言葉とは矛盾するのですが……。

(2018年11月16日)

 

よく改札前でバッグをごそごそしている女性を見かけます。

改札に入ろうとしたところで定期入れが見つからない、というパターンです。

 

何となく不思議に思いつつ、それ以上は突き詰めなかったのですが、ちょっと考えれば仕方のないことでした。

女の人は服に合わせてカバンも変えているんですよね。

毎朝ばたばたしている中でバッグを選び中身を詰め直しているんですよね。

それなら定期入れをどこに入れたか分からなくなっても仕方がありません。

 

中にはバッグごと読み取り機に載せて通過している人もいます。

定期入れをわざとバッグの底に入れているのでしょうか、それとも「バッグのどこかには入っているんだから読み取ってくれるはず」と考えてのことなのでしょうか。

 

ちなみに私はICOCAを本に挟んで栞として使っています。

よく「落とさないのか?」と聞かれますが、落としたのはこの15年間で2回です。

多いのか少ないのかよく分かりません。

(2018年11月19日)

 

あと女性ですごいと思うのは三人乗せママチャリです。

 

子どもをハンドル前に一人、自分のうしろに二人乗せての運転です。

これは絶対にオリンピック種目に加えてほしいです。

 

家族対抗子ども三人乗せママチャリ100メートル障害。

 

日本人選手の活躍が期待できそうです。

 

誰ですか、「それなら無灯火、イヤホン、片手スマホ自転車競争も加えてほしい」なんて言っているのは。

それはもはや犯罪ですよ。

(2018年11月21日)

 

先日「リアル格闘技とeスポーツの決定的な違いは〜」などと偉そうに書きましたが、「必ず決着がつくこと」以上に決定的な違いがありました。

 

ものすごく当たり前のことですが、「離れた場所でも戦える」という点です。

わざわざ大会会場に行かなくても参加できるので競技の裾野は広がります。

 

それはそれで素晴らしいです。

その一方で高額賞金狙いのトッププロはネット環境にこだわるようになっていくのでしょう。

世界最先端のデイトレーダーはインターネットの基地局からの距離にもこだわるという話を聞いたことがあります。

自宅から参加できる予選を勝ち抜くにはデイトレーダー顔負けの通信装備が必要になります。

 

実際に会場に集っておこなわれる決勝では、今度は各自のリモコンが問題になります。

究極のオーディオマニアはスピーカーケーブルの材質やコンセントの種類にもこだわるという話を聞いたことがあります。

電源にこだわるあまり自分で電柱を立てた人がいるというネットニュースもありました。

決勝ではF1カーなみにチューンナップされたリモコンが当たり前という時代になりそうです。

(2018年11月26日)

 

野球やアメリカンフットボールでは毎年ルール改正がおこなわれていますが、その進化が私達の日常生活に影響を及ぼすことはありません。

 

ところがeスポーツでの技術進歩は、どちらが先かという話は置いておいて、日常生活での技術進歩と連動しています。

今は観客は自宅でならパソコンやスマホ画面を通じて、会場でなら大型スクリーンを通して試合を観戦しています。

VRが一般的になると画面越しではなく、競技場の中で体験できるようになります。

「ストリートファイター」なら画面の奥にいる見物客となって参加できるのです。

 

こうした参加方法はリアルスポーツにも波及してくれるに違いありません。

私が体験したいのは野球の審判目線のVRです。

下水流選手の逆転サヨナラ2ランのシーンを収めたVRソフトがあれば絶対欲しいです。

(2018年11月28日)

 

などと思っていると2025年の大阪万博が決定したそうです。

 

7年後。

私の楽観的予想によるとVRが当たり前の世界になっています。

その場に行かなくてもいろんなイベントや風景が楽しめるような仕組みがごく普通になっている未来です。

プレハブのパビリオンを建てて、そこに何時間も並ばせるみたいな古いやり方はありえないと思います。

 

超巨大な仮想空間を構築して世界中の人に無料でログインしてもらいましょう。

そこには世界遺産の名所が再現され、そこら中を有名人が歩いています。

 

ただし有名人に話しかけると課金されるので要注意です。

日本のアイドルは千円、ハリウッドスターはもうちょっと高くて3千円。

問題は著作権が切れた銀幕のスターです。

安くなるのか、逆に高くふっかけられるのか、不明です。

大谷投手のストレートをバッターボックスで体験することもできます。

高山病や悪天候を気にせずエベレストに登ることもできます。

 

世界中のお客さんが仮想空間を丸一日楽しんで、あとで明細を見てびっくりするというパターンです。

 

大阪がしなくてはならないのはとにかく大勢の有名人の肖像権利用承諾を得ることと、とにかくリアルな空間を作り上げることです。

会場には最新型スーパーコンピュータだけ設置。

あとは直接参加型市街戦ゲームにエントリーする人のための巨大な倉庫がいくつか。

 

基本的に人が来なくていい仕組みなのでインフラ整備とか地下鉄延伸なんか不要ですよ。

(2018年11月30日)


ネコに嫌われる方法

ものすごく時機を逸した話題ですが、サッカーワールドカップのポーランド戦終盤のパス回しを見て、「すごく残念に思った」派です。

 

あのプレーに関しては「見苦しかった」という意見もあれば、「ルール上では許された、勝ち抜くために必要な作戦だから容認できる」という意見もありました。

結果的には、日本代表が次のステージでそこそこいい試合を見せてくれたおかげで、何となく「まあいいか」みたいな落ち着き方に終わりました。

考えてみれば、「みっともないかどうか」と「合法かどうか」は全然別次元の問題なのでそもそも噛み合うはずがない議論なのでした。

 

しかしあの議論の中で年配層からあまり意見が出なかったのはどういうことでしょう。

昔、ワールドカップの試合を見て私は「サッカーとは退屈なスポーツなんだ」とつくづく思ったものです。

 

リードすればゴールキーパーとディフェンダーの間で時間稼ぎも露骨なパス回しがおこなわれる。

攻撃陣はかすりもしていないタックルに大げさに引っ繰りかえって、痛がって見せる。

今は大げさに痛がる選手が少なくなったからネイマールが目立つだけで、以前はかなりの選手が大げさに痛がり、サッカー観戦初心者を呆れさせたものです。

 

「サッカーは退屈」

 

その印象を全世界のサッカー関係者が覆そうと、いろいろルールを変えてきました。

万年初心者の私から見て、今のサッカーは三十年前のサッカーよりも確実に面白くなっています。

 

でも、今なお過渡期にあるのも確かです。

「ルール違反ではない」という意見に対して、「あれはサッカーを愛する人たちが必死になって作ろうとしているサッカーの未来像をぶち壊すプレーなんだよ」とたしなめる年寄りがいなかったのが不思議です。

(2018年7月20日)

 

もう一つ時機を逸した話があります、どれくらい時機を逸してるかというと四千年くらい。

 

中華料理店で出される「れんげ」がものすごく食べにくいです。

「チャーハンは食べにくい」とかそういうレベルではなく、「食べにくい食器世界選手権」があれば間違いなく第一位だと思います。

(第二位は韓国料理の鉄箸)

中華料理店の料理人はおそらくよその店で中華料理を食べたことがないのでしょう。

客の立場でチャーハンを食べれば、あんなもので食べる食事が拷問に等しいことにすぐ気がつくはずです。

 

ずっと以前に書いたことがありますが、ベビーリーフを出すフランス料理人もどうかと思います。

ベビーリーフは、フォークとナイフではとっても食べにくいです。

エリザベス女王でも晩餐会で残すレベルだと思います。

 

あと最近強く思うのはJR神戸線新快速の補助席の不便さです。

快速電車の補助席は片手で下ろすことができるのですが、新快速では無理です。

おかげで大きな荷物を持って新快速に乗る時は最高に憂鬱です。

設計者は実際に使ってみたことがないのでしょうね。

 

ついでに書くとビールの自販機もそうです。

ごろごろと転げ出てきた缶ビールの栓を開けるとどういう事態になるか、設計者はちらっとでも想像しなかったのでしょうか。

(2018年7月23日)

 

昔、病院の勤務医だったころです。

 

夜遅く病棟でカルテを書いているとよく看護師さんがアイスコーヒーを淹れてくれました。

それが実に手際鮮やかで、カップにインスタントコーヒーとクリープと氷を入れてそこにお湯を注ぐだけです。

ものすごく手抜きでものすごく素早くて、ところがこれが妙に美味しかったです。

しかしまあ、こういう味は夜中の病棟詰所だから美味しかったのだと思います。

自宅で同じように作ってみても全然美味しくありません。

 

で、自分でインスタントコーヒーを淹れてみて気がつきました。

カップにコーヒーとクリープを入れる時、あらかじめ両方の容器の蓋を開けてから入れた方が楽です。

文章で読んでもぴんと来ないと思いますが、インスタントコーヒーを作る機会があればぜひお試しください。

 

ついでに言うと、ホテルの朝食バイキング会場などに自動コーヒーサーバーが置いてあります。

まずカップにコーヒーフレッシュや砂糖を入れてからコーヒーを注ぐとかき混ぜる手間が省けます。

(2018年7月25日)

 

このクソ暑いのに、こういうどうでもいい段取りのことばかり考えているのですが、やはり人生でもっとも段取りが大切なのは「晩ご飯」です。

 

お腹が減ってますからとにかく一分でも早く作って一秒でも早く食べたいものです。

皆さんも材料を買って、家に帰るまでの間、大脳をフル回転させて段取りを考えていると思います。

 

料理で一番時間がかかるのは煮物なので、まず何を置いても鍋で湯を沸かし始める。

それから根菜はレンジを使っても結構時間がかかるのでなるべく早い段階でチンし始めたい……、

 

……などなど一生懸命考えた段取りをぶち壊すのが、ネコです。

普段は寄り付きもしないくせにこういう時に限ってみゃーみゃーとすり寄ってきます。

で、「材料を仕込んで一段落したらエサをやるからちょっと待てよ」と、ネコを後回しにすると嫌われるんですよね。

困ったものです。

 

そんな我が家に新しいネコがやってきました。

 

 

この炎天下に草むらに捨てられていたそうです。

地域ネコは耳の端っこを切られますが、ネコを捨てる人の耳の端っこも切ればいいと思います。

(2018年7月27日)

 

大師道の途中ですが(まだしばらく続きます!)、先日京セラドームに行ってきました。

 

タイガースVSカープの試合です。

 

 

京セラドームは甲子園に比べるとずいぶん遠くにあるイメージですが、元町からだと阪神電車一本で行けるので案外近いです。

 

誠也選手のホームランも見られたし、アドゥワ投手も1回を3人で抑えたし、中崎劇場も堪能できたしよかったです。

 

ところで野球観戦でいつも気になるのがスタジアムグルメです。

(2018年8月17日)

 

スタジアムでの食事は炭水化物系メニューが中心なのでワンパターンです。

 

最近は各スタジアムがいろいろ工夫をしているようですが、それでも同じスタジアムに2、3回行くと、飽きてしまいます。

いっそ対戦相手の地元グルメを大々的に売り出してくれた方が楽しいと思います。

 

たとえば対ファイターズ戦の日には「北海道グルメ」、対ホークス戦では「九州グルメ」が楽しめるようにしてほしいです。

そうすると名産の多い「北海道」「東北」「仙台」のチームと戦えるバッファローズの試合は人気がアップするのではないでしょうか。

 

そうなるとカープも負けてられません。

甲子園にぜひ生ガキを持ち込んでタイガースの選手にも食べてもらいましょう!

(2018年8月20日)

 

7月27日のコラムで紹介した新入りネコですがあっという間に大きくなりました。

 

 

 

お姉ちゃんたちに挟まれるとまだまだちっちゃいですが、足が大きいのでそのうちお姉ちゃんたちよりも大きくなりそうです。

(2018年10月10日)

 

と思っていたらどういうわけかもう一匹ネコがやってきました。

 

今度は真っ黒な男の子です。

 

まず目を閉じたところ。

 

 

それから目を開いたところです。

 

 

小さくて黒いので顔の造りがよく分かりませんがきっとハンサムボーイです。

(2018年10月12日)

 

前回の写真ではあんまりなのでもう一度撮影にチャレンジしてみました。

 

 

うーん、やっぱりよく分かりません。

そもそもピントが合いません。

 

そういえば「インスタ映えしないからという理由で黒ネコを捨てる人がいる」などというネットニュースもありましたね。

黒ネコをきれいに撮るアプリがあれば売れると思います。

(2018年10月15日)

 

凝りもせず、気が向いたら新入りネコの写真を撮ってます。

 

元気いっぱいでじっとしてくれないので、寝ているところをねらってみました。

 

 

うーん、何なのでしょう。

「黒い何か」、それ以上でもなく、それ以下でもない、みたいな感じです。

(2018年10月29日)

 

やっとじっとしてくれました。

 

金子國義の美人画の隣でポーズです。

 

 

かろうじて「ネコ」ということは分かっていただけると思います。

(2018年10月31日)


受動喫煙防止法

何人もの患者さんを喫煙によるCOPDで死なせてしまった医師としての立場からすると、タバコとはそれ自体絶対に許せないものです。

医師として目指すべきなのは、分煙でもなく、マナー向上でもなく、完全な根絶です。

それ以外はありえません。

 

しかし、「医師として」という立場から離れた、一市井人としてはとちょっと考えが違います。

いわゆるダブルスタンダードというやつです。

 

ほめられた考え方ではないので小声でこっそり言います。

 

 飲食店の全面禁煙化はうれしくありません。

 

(2018年6月6日)

 

今なら分かりやすいです。

 

丹精込めて作った料理なら、普通はきれいな空気の中で食べてもらいたいと思うはずです。

そう思わないとすれば丹精を込めてないということです。

喫煙可能店に丹精込めた料理を求めるのはお門違いです。

 

分煙の店も同じです。

特に気をつけたいのは時間帯禁煙の店です。

 

ディナータイム喫煙可ということは不味いディナーを出すということです。

そういう店が禁煙のランチタイムだけ俄然張り切って昼ごはんを作ってくれるのでしょうか?

ディナーが不味い店のランチが美味しいわけがありません。

 

味にこだわりのない店がランチタイムだけ禁煙にする理由は「回転をよくしたい」という以外に考えられません。

そう考えると「全時間帯喫煙可」よりも考え方が身勝手に思えます。

 

今はこだわっていない店をふるい分けるのは簡単です。

美味しい料理を食べたいなら「全席全時間帯禁煙」以外の店に行ってはだめです。

ところが飲食店が全面的に禁煙になってしまうと、この簡単な識別法が使えなくなります。

 

不味い店も、「食べ終わったらとっとと帰れよ」と思っている店も、外からは区別できなくなってしまうのです。

(2018年7月9日)

 

喫煙可の店に行かざるをえないことがあります。

そういう時には痛感します。

 

喫煙可能店のトイレは汚い。

 

統計的な裏付けも何もありません、でも間違いないと思います。

上から出るものに気を遣えない人が、下から出るものに気を遣えるはずがありません。

 

全店禁煙になってしまうと、今はトイレがきれいな店が汚されてしまいそうで、不安です。

(2018年7月11日)

 

しかしこういう考え方は実は危険です。

 

かつてはタバコは所得や学歴と関係なく、みんなが均等に吸っていました。

その時代なら「喫煙者を野放しにしないために喫煙店もある程度残しておこう」という発言も許されました。

 

今は違います。

喫煙者と非喫煙者との間には歴然とした経済的格差が生じてしまいました。

「喫煙者を野放しにするな」という発言は特定の階層の人たちを差別する発言と見なされる可能性があります。

そういうわけで、深くおわびするとともに訂正します。

 

前回の文章は以下の文章に差し替えさせてください。

 

「タバコを吸う人も吸わない人も、おしっこは座ってしましょう」

(2018年7月13日)

 

一部の飲食店は、禁煙になると売り上げが落ちるという理由で受動喫煙防止法に反対しているようです。

 

客や従業員の健康はどうでもいいから金儲けしたいと堂々と言っているわけです。

 

これってすごいことです。

「金のことをうるさく言うのははしたない」という教育を受けてきた世代からすると、こんな大それたことはとても言えません。

心の中で思っていたとしても、人前では伏し目がちで震え声になってしまうと思います。

 

いやあ、すごいです。

 

そういう飲食店の皆様にも賛成してもらえる方法があります。

 

「既存店はこれまでどおりの分煙ポリシーで可、ただし新設店は全席全時間帯禁煙とすること」

 

これだと誰も反対しようがないと思うのですが、私がこんなつまらないことを考えている間に受動喫煙防止法が可決されたようです。

実効性を疑問視する人も多いですが、頼もしく感じるところもあります。

 

一定の条件をクリアした飲食店は「喫煙可」と表示すれば喫煙可能

 

この「表示すれば」という部分です。

今は入ってみるまでタバコ臭いかどうか分かりませんから、この表示義務はありがたいです。

 

結論:飲食店の皆様、表示義務だけはきっちり履行してくださいね。

(2018年7月18日)

 


肉詰めピーマンが食べたい!

去年の「茶わん蒸しが食べたい!」に続く「食べたい!」シリーズ第二弾です。

 

ところで昨年限界まで極めたかと思った「茶わん蒸し」ですが、実はその後も進歩がありました。

こういうのをもらってしまいました。

 

 

レコルトの「カプセルカッターキャトル」です。

小型のフードプロセッサーですね。

 

フードプロセッサーには興味があったのですが、後片付けが面倒そうで手を出せないでいました。

これは小さいので調理台の上に置きっぱなしにしても邪魔になりません。

準備するのも、使うのも、洗うのも簡単です。

 

あまりに簡単なので、最近は卵を溶くのにもこれを使ってしまうほどです(どれだけ!)。

で、そうなると必然的に「茶わん蒸し」の作り方も変わってしまいました。

 

1)「カプセルカッターキャトル」(以下「カプセルキャット」と略します)に卵2個と液体だし30mlと水270mlをいれて撹拌。

2)器に入れて20分蒸す。

3)好みによって具材を投入。

 

器に入れた卵をかき混ぜるよりもはるかに簡単です!

 

というわけでカプセルキャットを皆さんにお勧めしたいのですが、実際のところ向き不向きはあります。

カプセルキャットに向いているのは、本体をコンセントに差したまま調理台の上に置きっぱなしにすることが気にならない人です。

使うたびにコンセントに差したり抜いたりする手間がかかるなら、この器具のありがたみは半減すると思います。

(2018年6月4日)

 

さて、肉詰めピーマンです。

 

肉詰めピーマンは好きなのですが、いろいろ関門があります。

1)タネを作るのが面倒

2)タネをピーマンに詰めるのが面倒

3)焼くのが上手くいかない

 

1)タネを作ろう!

 

カプセルキャットのおかげでこの工程がずいぶん簡単になりました。

 

玉ねぎ半分、コンソメキューブ4分の3個分、パン粉大さじスプーン1杯、卵黄1個分をカプセルキャットでカット。

これをひき肉100グラムとこね合わせる(ピーマン3個分の材料です)。

 

これでもずいぶん簡単で感動したのですが、試しにここからいくつかの手順を差し引いてみました。

まず卵を抜いてみました。

あら、あんまり食感が変わりません。

個人的には「肉詰めピーマンのタネに卵は不要」と結論しました。

 

次にパン粉を抜いてみました。

これは自分でも迷うところです。

がしがしした野蛮な肉感が好みならパン粉は不要ですが、食パンの耳一かけ分くらいのパン粉を入れた方が知的な感じがするようです。

(2018年6月6日)

 

今まで、余ったパンはカプセルキャットでパン粉にして冷凍保存していました。

 

しかし考えてみれば、パン粉は調理する時に作る方が効率的です。

余ったパンはそのままの形で冷凍しておいて、玉ねぎと一緒にカットしてしまえば「パン粉を作る」という手間が省略できます。

 

そこまで考えると、「玉ねぎのみじん切りをひき肉と混ぜてこねる」という手順も不要なのでした。

私はてっきりカプセルキャットでは生肉は挽けないのかと思っていましたが、全然大丈夫でした。

大丈夫どころか、手でこねるよりもかなりしっかりこねてくれます。

最終的にたどり着いた手順はこうです。

 

こま切れ肉100グラム、玉ねぎ半個、コンソメキューブ4分の3個、パン1かけをカプセルキャットに放り込む

 

これでひき肉の売り切れ(行きつけのスーパーでは結構売り切れている)の心配も、肉をこねる手間もいらなくなりました。

(2018年6月8日)

 

次にピーマンを切ります。

縦二分割にして、ヘタとワタと種と仕切りを取ってタネを詰めやすくします。

 

……というのが常識的なやり方ですが、これも省略の余地がありそうです。

まず、ネット上のレシピをいろいろ見てみると、ワタと種は普通に食べられるのだそうです。

焼いてしまえば食感的に気にならないのだとか。

とすると、神経質に取り除く必要はありません。

タネを詰めやすくする程度にむしり取るので大丈夫です。

 

 

ワタと種には栄養があるから「残してもいい」のではなく、「食べた方がいい」とまで主張する人もいます。

しかしさすがにワタを全部残すとタネを詰めにくいし、難しいところです。

 

……と悩みましたが、難しくも何ともありませんでした。

テキトーにヘタやワタをむしり取ります。

むしる目的は「タネを詰めやすくする」ことです。

種をきれいに取り除こうとか、無理してワタを残そうとか、そういうことは一切忘れます。

 

そして取れたワタやヘタは肉その他といっしょにカプセルキャットに放り込んでしまいます。

カプセルキャットならヘタでも種でも粉々にしてくれます。

最終的にはワタも種も、そしてヘタまでも食べてしまうという作戦です。

 

ちなみに、ある日のタネの材料です。

 

 

「テキトーにむしりました」感満載のピーマンや、「美味しいところだけ食べて、あと残しただろ」というのがモロ分かりのチョコパンが、見栄え的にはよくありませんが、カプセルキャットにかければ一切関係ありません。

(2018年6月11日)

 

2)タネを詰めよう!

 

ピーマンを縦に切る時、仕切りの部分を避けて切った方がタネを詰めやすいです。

 

(種や仕切りをきれいに取り除きたい場合は、仕切りが手前に来るように切った方がむしりやすいです。

このコラムで追及しているのは「むしる」という行為さえ面倒という人向けのレシピです、ご了承ください)

 

問題はピーマンの仕切りはどこにあるかという点です。

ここでピーマンの輪郭をじっくり見てみます。

 

 

「くぼんだところに仕切りがありそう」というのはすぐ分かりますが、くぼみの数はピーマンによって様々です。

ついでにヘタの形を見ると、これまたいろいろです。

しかもヘタの頂点の位置とくぼみの位置関係もばらばらです。

ふと思いついてピーマンの花びらの数を調べてみると、基本は5枚ですが、6枚や7枚のものも珍しくないそうです。

 

植物にとって花びらの枚数やヘタの形は、絶対に譲れないアイデンティティかと思っていたのですが、どうやらそうではないみたいです。

不思議だったので友達の農学博士に質問してみました。

(2018年6月13日)

 

「花びらの枚数やヘタの形がいろいろだなんて、ピーマンとしての自覚や誇りはないのか!」

 

そう質問すると農学博士の返事は

 

「専門外なのでよく分からない」

 

ということでした。

分からないと言いながら「形態形成学」や「遺伝子ABCモデル」の解説をしてくれましたが、今度は私の方が「よく分からない」と言わざるを得ない立場になってしまいました。

分からないなりに要約すると

 

「ピーマンにはそんな誇りはない」

 

ということのようです。

確かに私も「お前のどこに日本人としての本質があるのか?」と問われると困ってしまいます。

ピーマンにそれを求めるのはお門違いだったかもしれません。

 

ただし観察してみて分かったことがあります。

外見はともかく、ピーマンの仕切りは基本的に3つです。

4か所くぼんでいるように見えても仕切りはほとんどの場合3か所です。

 

それを踏まえて切ると、タネはぐっと詰めやすくなります。

(2018年6月15日)

 

3)ピーマンを焼こう!

 

タネを詰めるとピーマンをフライパンに並べます。

油を敷かず、タネを下にして、超弱火で15分炒めます。

裏返さないまま、蓋をして10分ほど蒸し焼きにして完成です。

 

「ピーマンからタネがはがれてしまう」という悩みをよく耳にします。

それを防ぐためにピーマンの内側に片栗粉を振るという人もいます。

タネをぎゅーぎゅーに詰めればいいと主張する人もいます。

私は「はがれ防止策」は何にもおこなっていません。

自分では「裏返さないからはがれるわけないやん」くらいに思っていますが、もしかすると超弱火というのがコツかもしれません。

 

蒸し焼きの時間ですがピーマンのしゃきしゃき感が好きな人は7分程度、しんなり感が好きな人は13分程度、が目安です。

コンソメが効いているので外がけソースは不要です。

 

 

これが出来上がりの写真です。

ちなみに、タネは40分近く炒めても焦げ付きません。

フライパンにくっつかないように時々つついてみる、などの余計な世話は一切不要です。

というか、つつくからはがれるんじゃないか、と私は薄々疑ってます。

「火をつけたら一切触らず、15分後に蓋だけする」というものぐさ主義に徹しましょう。

 

仕事のあと帰ってから作り始めて、出来上がるのが大体8時45分ごろ。

ナイター中継を見ながら食べた場合、中崎投手が最後の打者を三振に打ち取るあたりでちょうど食べ終わります。

(2018年6月18日)


神戸元町ダイアリー2018年(1)

あけましておめでとうございます

 

今年もよろしくお願いします。

 

今年も元日はいいお天気でした。

恒例の風吹岩清掃ハイクです。

 

山頂のゴミ第一位は例年のようにタバコの吸い殻でしたが、今年急増したのが「ミカンの皮」でした。

ぺろんと一枚のままで剥いた皮なら拾いやすいのに、落ちているのは決まって細切れの皮です。

愛媛出身者を代表して「ミカンの剥き方が下手な人間はマナーも悪い」と断定します。

 

さて、今年のお友達です。

 

今年はイノシシに邪魔されず、のんびり日向ぼっこ中みたいです。

(2018年1月5日)

 

「こうもり」を聴こう、絶対!

 

(1)

 

今年の芦屋市民オペラは喜歌劇「こうもり」です。

 

 

明るくて楽しくて、観る人を幸せにしてくれるオペレッタです。

誰もが聴いたことがある、華やかな冒頭が、これ。

 

 

指揮者の先生いわく、「冒頭の三つの音にこのオペラのすべてが詰まっている」のだそうです。

それからこのオペラには人生の、憎しみ以外のすべての感情が詰まっている、とも。

 

三段論法に則れば、この冒頭の三つの和音には人生の(憎しみ以外の)すべてが詰まっているということです。

 

なるほど!

 

芦屋市民オペラは芦屋ルナホールで2月4日(日)12時と17時の2回公演です。

ぜひどうぞ。

(2018年1月29日)

 

(2)

 

「こうもり」のチェロパートを弾くと本当に感心します。

 

最小の音符で最大限の美しさ。

 

美しい音楽を書いた天才作曲家は大勢いますが、ここまで少ない音符で書いた人は他にはモーツァルトくらいだと思います。

こういう簡潔で素朴な素材は、ごてごてと飾り付けず素材のまま味わう方が美味しいものです(と、何にでもマヨネーズをどばどばかける私が言っても全然説得力がありませんが)。

 

たとえばチェロのパート譜はこんな感じです。

Aの1小節前は「f(フォルテ)」、Aの小節は「p(ピアノ)」、そして「f」、「p」となっています。

数十年前から何の疑問も抱かず私たちはそう弾いてきました。

 

ところが最近はWEB上で作曲家の自筆譜を見ることができます。

この部分を見るとこうなっています。

 

 

修正の跡はありますが、少なくとも「f→p→f→p」ではありません。

(2018年1月31日)

 

(3)

 

写真のBも不思議な箇所です。

 

敷衍しているスコアではこうなっています。

 

 

リズミックなフレーズを高弦と低弦が交互に弾く印象的な場面ですが、なぜかチェロだけは部分的にお休みなのです(スコアとパート譜も微妙に異なっていますが……)。

ここを自筆譜で見ると

 

 

チェロは完全に休みか、あるいは「コントラバスとユニゾン」の記入漏れと解釈して全部弾くか、どちらかということになります。

チェリスト的には全部弾きたいところですが、冷静に判断すると休むべきなんでしょうね。

(2018年2月2日)

 

(4)

 

「こうもり」を聴こう! と言いながら、逆に、聴きたくなくなるような堅苦しい話になってしまいました。

 

言いわけになるのですが、実は「こうもり」はオーケストラメンバーにとってはあんまりよろしくない演目なのです。

会場は大ウケにウケているのに、オーケストラピットに入っているオケメンバーはそれを見ることができません。

最前列のお客さんよりもさらに近いところにいるのに、舞台を見ることができません。

ステージでは何か楽しそうなことをやっているのに、私たちはその間ずっと楽譜とにらめっこです。

重箱の隅をつつくような、音符の細かな話でもするしかないじゃないですか!

 

というわけでオケピットに入らなくてもいい皆さまは、「こうもり」をたっぷり楽しみましょう、というお話でした。

(2018年2月5日)

 

シベリウス「タピオラ」曲目解説

 

タピオラという缶詰をご存知でしょうか。

 

あまりの悪臭のために飛行機への持ち込みを禁じられている発酵食品です。

船便でしか輸入できないために日本で食べるのは非常に難しく、幻の缶詰と呼ばれています。

フィンランドの大作曲家シベリウスがこの缶詰のための曲を書いているので紹介しましょう。

 

 

00:00 曲は、北欧バルト海の波のうねりから始まります。凍てついた海の底でも生命は息吹いています。

00:47 ニシンの産卵の様子です。オスの放精によって海が真っ白に染まります。

01:22 受精卵はゆっくりと成長して孵化の時を待ちます。

03:57 おびただしい数の卵が一つ、また一つ孵(かえ)っていきます。

05:28 若いニシンたちが広大な海に向かって旅立っていきます。

07:00 未明の漁港を漁船群が出帆します。徐々に夜が明けていきます。

07:54 漁が始まります。網の中でぴちぴちとはねるニシンたち。

08:47 缶詰作業です。海で育まれた命が、缶の中に封じ込まれます。

11:40 ニシンは魚としての生涯を終えました。しかしそれは同時に、もう一つの偉大な生命活動の始まりでもありました。

12:58 発酵活動が始まりました。

13:27 悪臭成分が生まれていきます。高弦の細かな動きはアンモニアを、低弦はアセトアルデヒドを、木管は酢酸エチルを表しています。

15:18 さらに強力な硫化水素やピリジンが発生します。

16:10 いよいよ開缶の時を迎えます。作曲家はうっかり狭い部屋で開けてしまいました。部屋中に充満する悪臭成分、作曲家はのた打ち回ります。金管は断末魔を表しています。

18:16 作曲家は美しい幻影を見ながらこときれます。その魂は海に帰って次の世代の命として蘇ることでしょう。

(2018年4月1日

 

二大ミュージカルの午後

 

5月13日にこんなコンサートがあります。

 

 

トアウェストの楽器店「ロッコーマン」でのミニコンサートです。

 

人気ミュージカルの「CATS」と「オペラ座の怪人」をお届けします。

入場無料です。

ぜひお越しください!

 

 

5月13日(日)15:00〜ロッコーマンホール

ミュージック・ドラマ「CATS」&「オペラ座の怪人」

演奏:アンサンブル・メリー

(2018年4月20日)

 

5月13日のコンサートのための曲目紹介を書いてみました。

 

「CATS」

 

ミュージカル「CATS」で演奏される曲は、T・S・エリオットの詩にアンドリュー・ロイド=ウェバーが曲をつけたものです。

 

エリオットはノーベル賞作家で、どんな有名な作品を書いたのかと思ったら、代表作は「荒地」という詩、……すみません、読んだことありません。

 

そこでウィキペディアを丸写ししますと、

「フレイザー『金枝篇』の聖杯伝説を骨格として、聖書、ダンテ、シェイクスピアなどの引用をちりばめ、意識の流れの手法も用いて、第一次世界大戦後の荒廃した世界と救済への予兆を描きだした難解な詩」

……だそうです。

 

読むと眠くなるか、頭が痛くなるか、そういうタイプの詩ですね、きっと。

 

そんなエリオットも児童向けの詩を書いたことがあって、それが「CATS〜ポッサムおじさんの猫とつき合う法」です。

この詩にロイド=ウェバーが素晴らしい音楽をつけてくれました。

 

「OVERTURE」

 

わけの分からない音の大洪水のあと、耳なじみのある「CATS」のテーマが流れてきます。

この前半部分、あまりにわけが分からないので原曲の譜面を見てみると、もっとわけが分かりませんでした。

リズムとハーモニーがややこしくてまるで現代音楽です。

あらかじめ言いわけしておきますと、演奏するのもとっても難しいです。

 

「OLD GUMBIE CAT〜ぐだぐだのおばさん猫」

 

原曲「CATS」にはストーリーらしいストーリーはありません。

いろんな変わった猫が出てくるだけです。

それで大ヒットするのですから、いかに音楽が素晴らしいか分かりますね。

最初に登場するおばさん猫もかなり変わっています。さあ、どのように変なのでしょうか?

 

「GRIZABELLA THE GLAMOUR CAT〜グラマー猫のグリザベッラ」

 

グラマー猫といいながら、実際のグリザベッラは年老いてぼろぼろです。

彼女が「自分がグラマーだった頃」を思い出して歌います。

 

「SKIMBLESHANKS〜鉄道オタクの猫」

 

訳詩をつけるにあたって、鉄道オタクのみなさんにたくさんのトリビアを提供してもらいました。

へー、日本で最初のトンネルはあそこだったのですね。

どうぞ歌詞を聞き逃しませんように。

 

「MEMORY〜メモリー」

 

ミュージカルの名曲はたくさんありますが、その中でももっとも有名でもっとも感動的な曲だと思います。

聴く人は曲の美しさに涙し、歌い手は音域の広さに涙する、名曲中の名曲です。

 

「HEAVISIDE LAYER〜天国の入り口のちょっと下」

 

ミュージカルの最後に歌われる讃美歌です。

 

分かりやすいストーリーがなく、ある意味哲学的でもある「CATS」ですが、今回アンサンブル・メリーはオリジナルストーリーをアレンジしてお届けしました。

観る人によっていろんな受け取り方が成り立つ包容力のあるミュージカルです。

 

♪♪あなただけの「CATS」がきっとある〜♪♪(ミュージカル調で)

(2018年4月23日)

 

「オペラ座の怪人」

 

「メモリー」がミュージカルの曲の中で最高のナンバーだとすれば、最高のミュージカルはこの「オペラ座の怪人」だと思います。

 

とにかくどの曲も素晴らしいです。

ちょっとしたシーンに流れるBGMや、劇中劇で使われる音楽など、どこをとってもとろけそうな美しさにあふれていて、ポップスの宣伝文句でいうところの「捨て曲なし」です。

 

今回はこのたくさんの名曲から涙を呑んで10曲を選びました。

 

「OVERTURE」

 

ミュージカルのオープニングとしてあまりにも有名な曲です。

これを流しておけば劇的に盛り上がるので、テレビコマーシャルやバラエティ番組の効果音としてもよく用いられます。

しかしその安易な用いられ方の裏では、ピアニストが超絶技巧に泣いていることを、時々は思い出してあげてください。

 

「THINK OF ME」

 

若くて清らかな、クリスティーヌのデビュー曲にふさわしい曲です。

最後にはオペラ的なカデンツァも用意されています。

 

「ANGEL OF MUSIC」

 

クリスティーヌと、彼女の音楽の育ての親「音楽の天使」とのデュエットです。

「この頃の二人は信頼し合っていて、幸せだったよなあ」と感じさせてくれる素朴で美しい曲です。

……と思っていると最後に不気味な和音が鳴り響きます。何か不幸な出来事の予言でしょうか。

 

「PRIMA DONNA」

 

本当は意地悪なソプラノ歌手と取り巻きたちの歌なのですが、今日は「幸せにときめく若い二人を周囲の人々も祝福しています」みたいな感じで演奏したいと思います。

(2018年4月25日)

 

「THE MUSIC OF THE NIGHT」

 

ラウルの登場に焦った「音楽の天使」がファントムと名乗ってクリスティーヌの前に現れます。

そこで歌われるのがこの曲。意外とダークな部分のない、純朴で優しい歌です。

 

「MASQUERADE」

 

華やかな劇中劇の曲。

大勢の合唱と大オーケストラによって奏でられる豪華絢爛な曲を、ピアノ一台で演奏します。

音も多くて転調も複雑です。ナレーションをかぶせるのが申し訳ないような難曲です。

 

「THE PHANTOM OF THE OPERA」

 

壮麗なオペラ座を舞台にいくつかの運命が交錯して悲劇が進行する、まさにそのままのドラマティックな楽曲です。

ソプラノの歌は、地下の奥底の再低音から、大伽藍のてっぺんの最高音まで、激しく暴れまわります。

 

「THE POINT OF NO RETURN」

 

不気味でも哀しい、不安定だけど美しい、そんな不協和音はファントムの「憎いくらい愛(いと)おしい」という複雑な気持ちを表しているのでしょう。

後半の劇的な歌声を聴くと「愛」が「憎しみ」に打ち勝ったように思えます。いや、そう信じたいです。

 

「WISHING YOU WERE SOMEHOW HERE AGAIN」

 

余計なものを拭い去って、美しさだけに純化されたような曲です。

亡き人に捧げるのにふさわしい清らかな音楽です。

 

「ALL I ASK OF YOU」

 

いよいよ終曲です。

恋する二人を祝福する明るいメロディーに、ファントムの純愛を表す落ち着いた旋律が絡み合います。

「みんなに幸あれ、そしてファントムよ永遠に」と祈りたくなるようなエンディングだと思います。

(2018年4月27日)

 

つくし

 

突然つくしが食べたくなったので通販で買ってみました。

 

 

一番オーソドックスに卵とじです。

ほとんど半世紀ぶりの、懐かしい味でした。

(2018年5月2日)

 

神戸元町ダイアリー2017年(3)AIに支配されたい<main>神戸元町ダイアリー2018年(2)


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