AIに支配されたい(11)

この季節、鍋料理がありがたいです。

 

準備するのが簡単ですし、鍋を囲むだけで暖かいです。

それに味も、薄味から始まって、食べ進むにつれてどんどん濃く、深くなっていきます。

最初から最後まで美味しく味わうための理にかなっています。

多くの具材を使った料理を提供する場合、料理を担当する人はなかなかテーブルにつけないものですが、鍋なら大丈夫です。

作った人が、みんなと一緒に食べ始めることができます。

鍋とは、あらゆる面で合理的な料理だと思います。

 

ただし例外があって、しゃぶしゃぶ。

 

ずっと前にも書いたことがありますが、しゃぶしゃぶだけが非合理的です。

つけダレがどんどん薄くなるのです。

つまり食べ進めるにつれてどんどん不味くなるのです。

 

ずっとこの問題を考え続けてきましたが、いまだに名案が浮かびません。

人類に残された最終課題だと信じています。

AIなら何かいいアイデアを見つけてくれるでしょうか。

 

AIがしゃぶしゃぶの美味しい食べ方を発明した時、その時こそ人類が全ての決定権をAIに任せるタイミングだと思います。


AIに支配されたい(10)

AIにいろいろ質問してみたいです。

たとえば

 

「煽り運転を防止する方法はありませんか?」

 

どんな答えが返ってくるでしょう。

「Nシステムに接続させてくれれば、煽り運転の可能性が高い車を割り出して早い段階で警告を出すよ」

と言ってくれるかもしれません。

 

もう一歩踏み込んで

「Nシステムなんて経由しなくても、国内の全車両のカーナビとドライブレコーダーと自動ブレーキシステムにハッキングしていいのなら、リアルタイムでブレーキをかけさせるよ」

と、そこまでやってくれるかもしれません。

 

もっともっと踏み込んで

「車に乗ったら性格が変わる人は、自分より下の立場の人に対してパワハラを働く傾向が強い。潜在的家庭内暴力者でもある。そういう運転者と付き合っている女性には、交際を思いとどまるように忠告するよ」

と、そこまでお節介を焼いてくれるかもしれません。

個人的には、そういうお節介は大賛成です。

 

小説や映画では、AIに支配された世界は不自由で陰惨ですが、私の想像では正反対です。

不思議ですね。


AIに支配されたい(9)

たとえば受動喫煙防止法です。

 

私たちが持つ古いイメージのコンピュータならこう決めるはずです。

 

喫煙率が20%だから、喫煙可能店が2割程度になるように基準を設定しよう。

 

ところが自民党議員によってたかって捻じ曲げられて、結果的に8割程度の飲食店が喫煙可能になってしまいました。

これをコンピュータが聞いたら激怒して真空管を破裂させたと思います。

 

来たるAI政治の時代にはこんなことは許されないはずです。

タバコ族議員に許されるのは、AIに追加情報を提出することだけです。

つまり「タバコ生産農家の事情も考えろ」「ついでに俺たちの票のことも考えてくれ」とAIに訴えるわけです。

賢いAIは

 

「じり貧間違いなしのタバコにしがみつくよりも、今後成長が見込まれる漢方生薬へのシフトを勧めた方が農家のためにもなり、結果的にあんたたちの票のためにもなるよ」

 

と、たちどころに正解を与えてくれることでしょう。

おまけに

 

「そんなことよりも、今後急増する木造集合住宅に一人で住む認知症喫煙老人をどうするのか考えなくてもいいのか?」

 

と逆質問が返ってくると思います。


AIに支配されたい(8)

で、政治です。

 

コンピュータに政治を任せると、少数派や弱者が切り捨てられそう……。

 

そういう発想は時代遅れのものだと思います。

むしろ従来の法律や線引きではないがしろにされていた少数派の、被害や不利益を最小にする。そして社会全体の幸福度を上げる、そういう計算はAI向きだと思います。

 

何と言ってもAIは票に左右されません。

支持団体の意向を気にする必要がありません。

生身の人間が行うよりもバランスの取れた判断を導き出してくれると思うのです。

もしその判断が偏っているとすれば、それは入力データが足りないせいです。

 

そこを補完するのが政治家の役割になのではないでしょうか。

つまりAIが決めた線引きを変えさせるのではなく、AIが見落としているパラメーターを指摘する役目です。


AIに支配されたい(7)

とするとAI時代の医師の存在意義は、大きく二つに分かれていくでしょう。

一つは、診断プログラムや自動手術装置の精度をひたすら上げる技術者。

もう一つは患者さんの苦しみに共感したり喜んだりして寄り添うメンタル的な介護者。

 

どっちつかずの医師は廃業するしかなさそうです。

 

でも、思うのです。

全ての人が等しくAIによる医療を受けられるような時代が来て、つまり医師のほとんどがAIに仕事を奪われたとして。

その代わりに近藤誠やインチキ医療に騙される人がいなくなるのなら、そっちの方が全人類のためにはいいのかもしれない、と。


AIに支配されたい(6)

「人工知能の進化によって消える職業」という記事を時々見かけます。

確かに興味深い問題です。

 

人工知能とは関係なく、職業には流行りすたりがあります。

昔は人気アーチストのコンサート会場や野球場には、「あったら買うよ、要ったら売るよ」と声を張り上げていた人たちがいました。

今は見かけません。

仕事場が会場前ではなくネットの中になっただけなのかもしれませんが、リアルダフ屋という職業はなくなったと言っていいのではないでしょうか。

一方家電量販店やamazonの台頭によって存続が危ぶまれた「町の電気屋さん」がちゃんと生き残っていたりします。

 

将来の職業模様を想像するのは、それこそ人工知能ででもない限り難しいです。

 

「医師」という職業はどうでしょうか?

 

検査結果を分析するのは人工知能が得意とする分野です。

それに基づいた治療方針も、最近はそれぞれの病気について推奨される治療手順が確立されつつあります。

医師の力量の差によって不利益を被る人が出ないように、みんなで標準的な治療をおこないましょうという流れ。まさにコンピュータ向きの仕組みを、医師側が作ろうとしているわけです。

 

いやいや、検査自体はコンピュータの方が得意だとしても、問診の内容からどんな検査が必要か考えるのはコンピュータには無理さ!

 

私はそう強がっていました。

しかし天下無敵のディープラーニングです(意味はよく分かりませんが)。

必要な検査を導き出すこともやってしまうでしょう。

 

いやいや、診断はできてもデリケートな手術は無理さ!

 

私はそう強がっていました。

しかし器用さこそ機械の真骨頂です。

「細かな血管を傷つけることなく腫瘍を切除せよ」と命令されれば「神の手」と呼ばれるカリスマ医師よりも上手くやってくれる、そんな時代が間もなくやってきそうです。


AIに支配されたい(5)

昭和生まれからすると、コンピュータは直線的で四角四面の判断しかできない、という認識です。

ミレニアム・ファルコン号が小惑星帯に突入した時に、冷静に「通り抜けられる確率は3720分の1です」と言い放ったC-3POみたいな感じです。

 

一方我々「ヒト」は現実社会で、もっと複雑で柔軟な判断をこなし続けています。

たとえば、よく見かけるのがコンビニで若い女性店員を怒鳴りつけているおっさんです。

彼も、いつでも、どこでも、誰にでも、怒鳴り散らすわけではありません。

状況を見て、相手を見て、怒鳴ってもいいかどうかを瞬時に判断してから怒鳴っているわけです。

コンピュータにはこんな繊細な状況判断は絶対に無理、と思っていました。

 

ところが今やコンピュータが囲碁の世界チャンピオンに勝ってしまう時代です。

今のコンピュータなら間違いなくコンビニのおっさんよりも的確な判断を下すのではないでしょうか。

 

つまり「店員がおとなしそうな女性だからといって怒鳴ったりしない」という判断です。


AIに支配されたい(4)

話は変わるのですが、一年ほど前にテレビで「老人の運転免許問題」についての討論番組が放送されていました。

 

ある評論家は年寄りの免許更新を厳しくしろといい、ある評論家は車の運転をやめた老人は早く呆けるという。

免許返納者は公共交通機関を無料で利用できるようにしようと主張する人がいれば、公共交通機関などない田舎の人はどうするんだという人がいる。

運転能力の低下は個人差が大きいし、都会と田舎で交通事情も全然違います。

確実に言えるのは、東京のスタジオでお偉い評論家が首をひねっても絶対に解決しないだろうということです。

 

時間の無駄だなあと思って見ていると、一人の自動車評論家が「自動運転車の開発を急ぐしかない」と発言しました。

他の評論家は鼻で笑って完全にスルーしました。

司会者も詳しく掘り下げることなく、私もあまり意識に留めることなく、しばらくしてチャンネルを変えました。

 

ところがそれから一年。

老人の運転免許問題を法整備によって解決するよりも、自動運転車の実現の方が早いのではないかと思えてきました。


AIに支配されたい(3)

崇高な理念をもって引かれた線引きは簡単には変えられません。

そこで登場するのが政治家です。

 

恫喝、脅迫、パワハラ、あの手この手を使って線引き担当者を揺さぶります。

ごり押しの強烈な政治家が「力がある」「頼もしい」と評価される世界です。

役所も忖度上手ほど出世する伏魔殿です。

初めは抵抗していた担当者もいずれは譲歩して、直線だった線引きの線があっという間にぐねぐねの曲がりくねりに……、

 

というのが私の想像する「アウトレイジ〜お役所篇(あくまでもフィクション)」なのですが、今回の騒動は役所側からの反乱というのが興味深いところです。

がんがんリークされる文章や音声。

これまで政治家に服従するしかなかった役人たちが反撃に転じたということなのでしょう。

 

さらにヒートアップ間違いなしの仁義なき続編に期待します。


AIに支配されたい(2)

ものごとにはいろんな線引きがあって「6歳未満は医療費無料」とか「5年に一度更新」のような、はっきりとしたものもあれば、「公序良俗に反しないもの」とか「中学生らしい恰好」などの曖昧なものもあります。

 

そして「はっきりしたもの」と「はっきりしないもの」の間にも無数のレベルの「はっきりしない」度があって、それがたとえば「獣医学部新設の条件」だったり「高校生の髪の毛の色」だったりするわけです。

 

はっきりしないところに線を引くのです。

線引きを担当する係の人の気苦労は大変だと思います。

その分プライドも相当なものです。

 

ほとんど関係のない話ですが、昔、あるコンサートを企画した時に宝塚市教育委員会の名義後援を申請しました。

名義後援とは、補助金などの出ない、名前だけの「まっとうなコンサートですよ」というお墨付きです。

あってもなくてもいいのですが、これまでどの自治体でも申請を断られたことがないので、もらえるものはもらっておこうという軽い気持ちで申請しました。

 

申請書を提出してしばらくすると、コンサートのチラシを見せろとのお達しです。

申請が通るかどうかによってチラシの文面が変わるので、正式なチラシの印刷を発注する前です。

とりあえず「後援:宝塚市教育委員会」と書いた仮チラシを作って見てもらいました。

すると「許可も出していないのに勝手に名義を入れるとは何事か!」とお怒りです。

「印刷前の仮チラシなんですけど」という説明にも耳を傾けてくれません。

結局、宝塚市教育委員会の名義後援はもらえませんでした。

 

宝塚市教育委員会は立派なプライドを持った素晴らしい団体だなあと思った次第です。


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