夢見る映画〜20世紀の100本の17本目

17本目はアルフレッド・ヒッチコック監督の1960年「サイコ」です。

 

 

これも最初に見たのは小学生の頃、テレビ映画劇場ででした。

それはそれはびっくりしたものです。

 

それから数十年後の今でもびっくりしたポイントはよく覚えています。

なので今見直して改めて驚くことはありません。

ただ、どっちに話が転がっていくか全然読めない作り方はとても面白い(ずるい?)と思いました。

 


夢見る映画〜20世紀の100本の16本目

16本目は1959年制作のビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」です。

 

すごいですね、ワイルダー監督4本目のランクインです。

シリアス人間ドラマからコメディまで何でも起用に撮れる、現代日本で言えば三池崇史監督みたいな感じでしょうか。

 

 

で、こちらはドタバタギャグコメディです。

その昔小学生の頃、テレビ映画劇場で見た時には笑えたのですが、さすがに今は大笑いはできません。

ただひたすらマリリン・モンローが可愛いだけの映画です。

 

しかしそれだけで十分ランキング入りの価値のある映画ではあります。


夢見る映画〜20世紀の100本の15本目(2)

限られた登場人物による密室でのディベートサスペンス、というシチュエーションはその後多くのフォロワーやパロディを生みました。

 

筒井康隆によるパロディ「十二人の浮かれる男」では、無実が確定的と思われた被告を目立ちたがりの陪審員たちがよってたかって有罪にしてしまいます。

 

三谷幸喜の「十二人の優しい日本人」は原作愛を感じさせるリ・イマジネーション作品でしたし、古沢良太の「キサラギ」もこの流れをくみます。

どうやら密室でのディベートは脚本家魂をくすぐるシチュエーションのようです。

 

と思っていたらもう一つタイムリーに出てきました。

「カメラを止めるな」の上田慎一郎監督の2011年の作品「お米とおっぱい」です。

 

 

密室に集められた5人の男が「お米とおっぱい、どちらかがこの世から消え去るとして、どちらを残すか」について延々議論を繰り広げます。

 

「小劇場での実演で60分程度の尺だったら楽しめたかも」くらいの面白さでした。

考えてみると小劇団のシナリオは基本的には密室ものです。

「密室ディベートもの」は「十二人の怒れる男」のはるか以前から毎年山のように作られて、そのほとんどが話題になることもなく消え去ってきただけなのかもしれません。

 


夢見る映画〜20世紀の100本の15本目(1)

15本目は1957年制作のシドニー・ルメット監督の「十二人の怒れる男」です。

 

 

有罪間違いなしと思われた殺人事件。

判決は陪審員に委ねられますが、彼らも評決は簡単に終わると思っていました。

8番の陪審員が異を唱えるまでは……。

 

むさくるしいおっさんたちが密室であーでもないこーでもないと議論する陪審員ドラマです。

真夏の風のない昼。

途中からは雨が降り始めて窓も閉めてしまいます。

観ている方が窒息しそうになります。

 

そんな調子なので観ていて楽しい映画ではありません。

 

興味深いのはいろんなことに疑問を呈するヘンリー・フォンダも「白人の男性だけで正義を論ずること」については疑問を抱かなかったところ。

正義の国アメリカもさすがに60年前は現在の日本並みの差別感覚だったようです。


海外の長編小説ベスト100〜第6位(4)

(最終回)

 

大長編の最後から二番目の段落に至って、ドストエフスキーは初めて個人的意見を表明します。

しかも上から目線の説教です。

 

この文章で一番問題になるのは「ラスコーリニコフがなすべき献身とは何か?」です。

私は今までは「富の再配分システムの構築、つまり旧システムの破壊」だと思っていました。

ポーレチカを救うためにはそれしかありませんから。

 

しかし今ドストエフスキーのこの大げさな文章を読むとはっきり分かります。

谷崎潤一郎も同じです、大げさな言葉を使う時、人は何も考えていないものです。

 

「悪霊」のキャラクターたちの言動を見ているとドストエフスキーが革命というものをイメージできていないことがよく分かります。

ここでもそうです。

どうしてもこう結論づけざるをえません。

 

「ドストエフスキーはラスコーリニコフが何をなすべきか、具体的なイメージを持っていない」

 

結局ラスコーリニコフは最後まで更生しませんでした。

どうしてここまでしつこいのか考えると答えは一つしかありません。

 

「ドストエフスキーも更生を信じていないから」

 

ラスコーリニコフが救済されるためにはまずドストエフスキー自身が更生を信じる必要があります。

大長編「罪と罰」を書き上げてもなお手に入れられなかった「更正」を。

ドストエフスキーはまだまだ書き続けなくてはなりません。

ラスコーリニコフのために。

 

「しかし、もう新しい物語ははじまっている。

ひとりの人間が少しずつ更生していく物語、その人間がしだいに生まれかわり、ひとつの世界からほかの世界へと少しずつ移りかわり、これまでまったく知られることのなかった現実を知る物語である。

これはこれで、新しい物語の主題となるかもしれない―――しかし、わたしたちのこの物語は、これでおしまいだ。」

 

最後の文章。

ドストエフスキーはラスコーリニコフではなく、自分のことを書いているような気がしてなりません。

 


海外の長編小説ベスト100〜第6位(3)

(199)

 

しかしそのあとの7ページ間でラスコーリニコフの心にも雪解けめいた瞬間が訪れます。

 

彼はこう考えます。

「自分が選ばれるはずがないと思っていたけれど、そうと決まったわけじゃないぞ」

 

462ページです。

 

「彼女の信じることが、いまこのおれの信じることじゃないなんてことがありうるのか?」

 

彼の中ではソーニャは間違いなく「選ばれる人」です。

今ラスコーリニコフはソーニャとの一体感に酔っています。

その陶酔感がこの言葉を生んだのでしょう。

 

「彼女の感じること、彼女の意思、それだけでも……」

 

「それだけでも」共有できれば、自分も選ばれるかも、という非常に楽観的な思いつきです。

さすがにドストエフスキーもたしなめます。

 

「彼は気づいていなかった。

新しい生活は、ただで得られるものではなく、それははるかに高価であり、それを手に入れるには、将来にわたる大きな献身によって償っていかなければならない……。」


海外の長編小説ベスト100〜第6位(2)

(198)

 

この伝染病にかかると「強烈な自信をもって、自分はきわめて賢く、自分の信念はぜったいに正しいと思い」こんでしまうのだそうです。

その結果人々はお互いに理解しあえず、ひたすら殺し合いを始めるようになります。

人類は滅亡に向かってまっしぐらに突き進んでいきます。

 

確かに悪夢かもしれません。

 

ただ、悪夢というのはそれを見る人がいて初めて悪夢になります。

この夢の描写で不思議なのは、ラスコーリニコフがどの視点でこの夢を見たのか書かれていないところです。

 

夢の中で人類が滅ぼうと、地球が爆発しようと、神の目から傍観する限りはうなされたりしません。

ラスコーリニコフがうなされたのは、気が狂った人たちに襲われて殺されかかったからだと思います。

この状況で彼が知らされていることが二つあります。

一つは「自分もかつてこの病気にかかり、人を襲い、その結果囚われの身に堕ちている」こと。

もう一つは「汚れない、選ばれた人々は難を逃れられる」こと。

 

選ばれた人間であれば殺されなくても済むのに、自分はそうではない。

だから甘んじて殺されるしかない。

 

そういう意味での悪夢なのだと思います。

 


海外の長編小説ベスト100〜第6位(1)

海外の長篇第6位はフョードル・ドストエフスキーの「罪と罰」(光文社古典新訳文庫)です。

ちょうど「「罪と罰」を読む」の最終章と重なりました。

振り返ってみれは「「罪と罰」を読む」のプロローグが2009年の8月。

何と10年以上かけて読んできたことになります。

最終章にはどんな感動的なラストが待っているのでしょうか。

 

「罪と罰」を読む〜エピローグ第2章(第3巻444〜463ページ)

 

(197)

 

ついに最終章です。

 

まず、ラスコーリニコフがまだ自分の罪を反省していないことに驚かされます。

それどころか自分の信念や犯行が間違っていなかったことをますます力強く確信する始末です。

 

ずいぶん頑固なへそ曲がりですが、身体は虚弱です。

流刑地でも彼は熱を出してしょっちゅうひっくり返っています。

 

ある時入院中に見たのが謎の伝染病の夢でした。


「べっぴんの町」を観る(4)

で、柴田恭兵も実に無造作に路駐して向かったのが、

 

 

「REPLAY」という名前のプールバーです(1分52秒)。

 

エンディングロールに店の名前もあるので実在の店なのでしょう。

ところが今となってはどこにあったのか、どんな店だったのか全く分かりません。

 

主人公「私」はこの店で探し人を見つけて、店の外に連れ出します。

そこで本木雅弘が登場するのですが、

 

 

これがどこなのかもよく分かりません。

 

グレかけた少年に本物のヤクザの怖さを見せつけて更生させるという、非常に無理のあるシーンです。


「べっぴんの町」を観る(3)

ちなみに柴田恭兵が操るのはMGBというイギリス車だそうです。

英国車なのに左ハンドルというのが「外車は左ハンドルでなくっちゃ」という昭和な風潮を感じさせます。

 

車はJRの高架をくぐります。

 

 

ピアジュリアンのビルの場所に「月桂冠」の看板がどーんと目立っています。

「テルモ」の看板は今はありませんが、建物自体は変わってないようです。

 

 

車はこのまま直進するかのように見せて、次のシーンではサンキタ通りを西から東に向かってやってきます。

左車線は路駐車でびっしり。

そういえばこの時代は路駐天国でしたね。


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