「薔薇の騎士」の謎(29)オクタヴィアンの名前

ゾフィーは「私、あなたのことをよく知ってるのよ」と言ってオクタヴィアンを驚かせます。

まず年齢が17歳と2か月であること。

そして洗礼名も全部暗唱してみせます。

とっても可愛らしい場面です。

 

オクタヴィアンの正式名称はオクタヴィアン・マリアエーレンライヒ・ボナヴェントゥーラ・フェルナン・ヒアシント・ロフラーノということになります。

ロフラーノは姓というよりも領地の名前だと思いますが、ロフラーノという地名があるのは南イタリアです。

オーストリア帝国の最盛期でもここまでは勢力が及んでいなかったはずです。

神聖ローマ帝国から続く由緒正しい貴族なのかもしれません。

 

ところでゾフィーはオクタヴィアンを「貴族名鑑」で以前から知っていたかのようにしゃべっていますが、微妙に嘘です。

毎晩「貴族名鑑」を読んでいたというのは本当でしょう。

でもオックス・フォン・レルヘナウの系図をたどってもオクタヴィアンに行きつくはずがありません。

血族ではなく、最低でも6親等離れているので。

オクタヴィアンにたどりつく方法は一つです。

テレーズの系図を調べた場合のみ、ゾフィーはオクタヴィアンの名前を発見することができます。

おそらく前日の夜にオックスはファニナルに薔薇の騎士の名前を伝えたのでしょう。

「元帥婦人のいとこ様がこの役を引き受けてくださった」と自慢したに違いありません。

それを聞いたゾフィーが急いでオクタヴィアンについて調べた。

ついでに名鑑に載っていない裏情報も侍女に調べてもらったのではないでしょうか。

 

(2024年3月15日)


「薔薇の騎士」の謎(28)ゾフィーのセリフ

銀の薔薇の香りをきっかけに二人の距離がぐっと縮まります。

ここでゾフィーが難しいことを言い出します。

 

Dahin muss ich zurück, dahin, und müsst’ ich völlig sterben auf dem Weg. Allein, ich sterb’ ja nicht. Das ist ja weit. Ist Zeit und Ewigkeit in einem sel’gen Augenblick, den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.

 

私はあそこに戻らなければなりません、そして途中で完全に死ななければなりません。 一人でも、私は死なない。 それは遠いです。 時間と永遠がひとつの祝福された瞬間の中にあり、私はそれを死ぬまで決して忘れたくない。(Google翻訳)

 

ホフマンスタールは若い二人に時々難しいセリフを言わせますね。

ゾフィーは考え深い子で、オクタヴィアンよりもしっかりしていますが哲学的なことを語る少女ではありません。

ここはこれくらいに解釈するがいいと思います。

 

(心臓が張り裂けそうで)このままここにいると死んでしまいそう。

でも、それははるか未来のことのように思える。

なぜならこの瞬間、時間が幸せなまま止まったかのような気がするから。

私はこの瞬間を死ぬまで忘れないでしょう。

 

(2024年3月13日)


「薔薇の騎士」の謎(27)がっかりするゾフィー

この部分、舞い上がって浮かれる侍女のマリアンネと、「決して浮かれません」と神に誓うゾフィーの、対照的な歌が入り乱れて楽しい部分です。

「どんなに素敵な結婚相手でも自慢しません」

ゾフィーはそう歌います。

ところが「騎士さまがあらわれました!」というマリアンネの言葉を聞いてゾフィーは窓に駆け寄ってしまいます。

そして輝くばかりのオクタヴィアンを見ます。

「自慢しないと誓いましたが、だめです、こんな美しい人を見て自慢しない人がいるでしょうか?」

敬虔な誓いをたちまち破ってしまうのです。

 

ここでゾフィーは大きな勘違いをしてしまいます。

あまりに浮かれすぎたせいでオクタヴィアンが婚約者だと思ってしまったのです。

この間違いにはさすがにすぐに気づきました。

オクタヴィアンが「私は使いです」と名乗ったので。

それに対するゾフィーの歌が沈んだトーンから始まるのはそのためです。

決して「浮かれない」と誓ったゆえの抑制ではありません。

「浮かれない」→「でも浮かれた」→「さらに勘違い」→「がっかり」

いくつもの変化を経た結果の、沈んだ調子だったのです。

 

(2024年3月11日)


「薔薇の騎士」の謎(26)薔薇の騎士の衣裳と馬車

やっと二幕に入りました。

 

花婿を迎えるファニナル家の主人とゾフィーの侍女は受かれています。

大金持ちのファニナルは新郎を新品の超高級馬車で出迎えようとします。

ファニナルはウィーンでも指折りの財産家です。しかも見栄っ張りです。

おそらくウィーンで一番の馬車を仕立てたのだと思います。

ところがオックスの使いの騎士はもっと高級な馬車でやって来ました。

オックスはケチです。

単なる挨拶係の身の回りに金をかけるはずがありません。

馬車から降り立ったオクタヴィアンに付き添うのは一幕にも登場した黒人の少年です。

そう、馬車も付き人も、まぶしいまでの銀の衣装も、全てテレーズが用意したのでした。

 

第一幕のあと、プラーターで二人が会ったとすれば、これは面白くありません。お気に入りのホストに金を貢いだのと同じことです。

テレーズがプラーターで待っていたにもかかわらずオクタヴィアンがあらわれなかったとすれば、意味深い。

別れを予感し、それを受け入れる覚悟ができたということです。

そして桁外れの贅を尽くしたわけです。

 

(2024年3月8日)


「薔薇の騎士」の謎(25)プラーターでの再会

オクタヴィアンがテレーズの部屋に来たのが初めてだったとすると、これまではどこで会っていたのでしょうか?

 

それがプラーターです。

プラーターはウィーンの地名です。

そこに行きつけのお店があって、二人の間では「プラーター」で通じていたのでしょう。

 

テレーズは夜そこでオクタヴィアンと会いたいと思っていました。

ところがこの日は午後に叔父さんのお見舞いに行かなくてはなりません。

叔父さんはいつもテレーズを大歓迎してくれて、たいていは晩ご飯までご馳走してくれます。

そうなるとテレーズはプラーターに行くことができません。

「叔父さんの機嫌によって夜プラーターに行けるかどうか連絡する」テレーズはオクタヴィアンにそう約束しました。

 

さあ二人は夜会えたのでしょうか?

 

二人はこの夜会っていません。

ただ会えなかったのではなく、テレーズはプラーターに行ったけれどもオクタヴィアンがあらわれなかったのだと思います。

それ以外では3幕での二人の態度が説明できません。

テレーズは叔父さんを上手くなだめて早めに叔父さん宅を出ました。

オクタヴィアンにその旨連絡を入れました。

オクタヴィアンも会いたいと思っていました。

 

それなのになぜか二人は会えませんでした。

 

可能性は一つです。

テレーズの伝言を預かった誰かがオクタヴィアンに嘘をついたのです。

 

あらあら、誰もがよく知っているはずの「薔薇の騎士」が全然違う話になってきました。

 

(2024年3月6日)


「薔薇の騎士」の謎(24)テレーズの決断

長いモノローグの最後でテレーズは何かを決断します。

 

というか、決断の一歩手前くらいの感じでしょうか。

「何かを変えなくては」

その何かが何かは分かりませんが、とにかくテレーズは決断します。

 

そこにオクタヴィアンが戻ってきます。

テレーズはオクタヴィアンと距離を置こうとします。

いろいろな理由が複雑に絡んでいます。

まず自分の考えを整理したかった、時の移ろいがオクタヴィアンにも訪れることが垣間見えてしまった、いずれオクタヴィアンが自分を捨てるだろうと覚悟した。

でも一番の理由は、自分は17歳には戻れない、ということだと思います。

 

ただ、テレーズがこれをはっきり自覚するのはもっともっとあとのことです。

 

このタイミングでオクタヴィアンと別れるという選択肢は彼女自身にもありませんでした。

オクタヴィアンが出て行ったあとテレーズはすぐに彼を呼び戻そうとします。

私は最初「自分から拒んだくせに、未練がましい」と思いました。

でもよくよく考えてみると、テレーズを苦しめている悩みにオクタヴィアンはさほど関与していないのでした。

彼女がすぐに呼び戻そうとしたのは自然なことでした。

少なくとも彼女自身は矛盾も葛藤も感じていなかったと思います。

 

(2024年3月4日)


「薔薇の騎士」の謎(23)回想のモーツァルト

ホフマンスタールのト書きは情報量が多すぎてめまいがしそうです。

よく読むと第一幕の途中でテレーズは元帥からの手紙を受け取っています。

おそらく「狩りが楽しいので帰りをもう二三日伸ばす」という内容だったのではないでしょうか。

彼女は喜ぶでもなく悲しむでもなくその手紙を反故にします。

 

そんなこんながあったあと、オックスがようやく帰っていきます。

 

一人になったテレーズはオックスに腹を立てるところから始めます。

財産も、若くて可愛い妻も手に入れたくせに、自分の方が損したような気になっているオックスに。

でも考えてみると、自分と元帥の関係も似たようなものです。

自分とオクタヴィアンの関係も全然別とは言い切れません。

そこでテレーズは17歳の自分を回想します。

そこから時の残酷さを嘆く長いモノローグに続くのですが、まず流れるのがモーツァルト風の曲です。

 

ここで思い出します。

オクタヴィアンと食べた朝食を。

あの時流れたのもモーツァルトでした。

つまりあの時オクタヴィアンといたのは17歳のテレーズだったのです。

嘘ではありません。それがテレーズにとって真実だったし本心だったから。

でも、現実でもない、あの音楽はそういう音楽だったのです。

そして今この瞬間に思い出してもらうために、冗長とも思われるあの長さが必要なのでした。

 

とするとあの場面、あんまり二人をいちゃいちゃさせるのはよくありません。

むしろ恥じらいをもってぎこちなく演じさせるのがいいと思います。

 

(2024年3月1日)


「薔薇の騎士」の謎(22)意外と優秀な情報屋

なかなか放してくれないオックスに対してマリアンデル(=オクタヴィアン)は「すぐ戻ってきますから」と約束してやっと放免されます。

その直後、オックスは従者たちに命じてマリアンデルを探させます。

ところがどこを探しても彼女の姿は見つからない。

そこにちょうどやって来たのがいかがわしい情報屋でした。

「何でも調べて差し上げます」という二人組にオックスは試しに「じゃあマリアンデルを探し出せ」と命じます。

オックスはそれだけ熱心にマリアンデルを探していたということです。

 

ところでこの二人組、伊達に情報屋を名乗っているわけではありません。

オックスについて、ジュピターに例えられると単純にうれしがること、それから若い女性と結婚する予定であること、これらを短時間で調べ上げます。

もともと知っていたわけではありません。

オックスの従者の中に、二人組にべらべらしゃべった者がいたのです。

きっとそれはオックスの隠し子レオポルトでしょう。

ただし彼が知っているのは上っ面だけです。オックスの懐具合や領地のいざこざについてはあんまり興味がないようです。

レオポルトは金勘定の下手さもオックスから受け継いだのでした。

 

(2024年2月28日)


「薔薇の騎士」の謎(21)小ネタ集

実際の上演では完全スルーされているギャグも多いです。

 

オクタヴィアンが朝食係の登場にあわてふためいて刀をソファの上に置き忘れます。

それをテレーズがたしなめます。

「あなたって刀を出しっぱなしにして。

 もっと上手にできないのかしら」

それに対してオクタヴィアン、

「そりゃ僕は刀の使い方は下手だけど、

 そういう僕が好きなんでしょう?」

 

オックスが隠し子をテレーズに紹介する場面です。

「わしには隠し子がおりましてな」

テレーズ「まさか女の子では? 父親似だったら最悪だわ」

オックス「男です」

テレーズ「(ほっとして)男の子でよかった」

 

そして隠し子が登場します。彼の顔を見てテレーズが言います。

「とりあえずおめでとうと言っておくわ」

どうやら彼はオックスとそっくりだったようです。

 

(2024年2月26日)


「薔薇の騎士」の謎(20)ドン・キホーテ

オックスは結婚相手が新興貴族であること、ものすごい金持ちであることをテレーズに自慢します。

成り上がりだと揶揄するやつがいるかもしれない、でも自分は二人前の貴族の血筋を持っている。

生まれてくる子どもだって敬意をもって見られるはずだ!

そう力説します。

 

それに対してテレーズが相槌を打ちます。

「そうね、あなたの子がドン・キホーテであるはずがないものね」

 

このドン・キホーテがピンと来ません。

最初は「貴族の血筋をもっていないのに貴族ぶる人」かと思いました。

しかしセルバンテスの「ドン・キホーテ」では血筋は重要視されていません。

騎士であるかどうか決めるのは、騎士の志しを持っているかどうか、だけです。

「ドン・キホーテ」が書かれた時代、ドン・キホーテは道化でした。

しかし時代が進むにつれて解釈が変わってきます。

道化であり、滑稽な存在ではあるけれど、その志しは本物で気高い。

その意味ではドン・キホーテは間違いなく真正の騎士だ、現代ではそう読み取る人が多くなっています。

 

なるほど、そこまで考えるとテレーズの言葉がやっと理解できます。

新しい読み方をしているテレーズにとってはドン・キホーテはネガティヴな存在ではない。

しかし一般的なイメージではドン・キホーテは道化の象徴です。

テレーズは「どうせあなたの子には貴族の心意気なんてないでしょうね」とはっきりと切り捨てて、しかもその皮肉が絶対に相手に読み取られないことも分かっているのです。

 

ちなみに、オックスが「ぜひファニナルに知らしめたい」と思っているものがあります。

オックスの御先祖様は広大な領地を持っていました。そこで立派に長官職を勤め上げ、修道院まで作ったのでした。

おそらくその功績によりレルヘナウ家は貴族として取り立てられることになりました。

立派なことです。

しかし、たかがそれだけのことです。

オックスはその先祖の遺髪をファニナルに見せつけたい、そう息巻いています。

でもその部分を説明すればするほど傍目には滑稽です。

この瞬間はオックスはドン・キホーテそのものです。

そう、単なる「勘違いした愚か者」。

 

(2024年2月21日)


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